音楽評論への不信感が高まった時 /ヴードゥー・ラウンジの評価
1994年、ローリング・ストーンズがニューアルバム「ヴードゥー・ラウンジ」の発表記者会見を行うと、アメリカの一般紙まで特集記事を組み、発売元となるバージン・レコードの株価が上がりました。ストーンズがアルバムを出すと最低でも200万枚は売れ、それに伴うワールド・ツアーが行われるのです。
音楽業界にとどまらず、経済界でも大きな話題となったストーンズの5年ぶりの始動は、日本でも大きな話題になりました。そして私はこの時の評論記事に、大きな不信感を覚えました。
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この時、少しだけ気になったのは、曲の解説を書いた数誌を読み比べると、かなり印象が違ったことです。しかし聴き手により曲の印象が変わるので、そんなものかと思っていました。私が買った雑誌には、全編を通じて60年代のブルースやR &Bを演奏していた頃に立ち返り、ライブで本領を発揮しそうな曲が多く並んでいると書いてありました。
一方でアルバムの完成度は高く、前作の「スティール・ホイールズ」の時に感じた荒さなどはなく、よくまとまったアルバムだと感じました。とにかく雑誌の解説とは印象が全く異なり、最初に聴いた時は思っていたものと違うので戸惑いました。
そしてアルバムのライナーノーツにも違和感がありました。ストーンズの熱狂的ファンで小説家の山川健一が書いていたのですが、短編小説になっていました。アルバムの内容には全く触れず、しかも大して面白くもない短編小説で、なんでいつものように熱く解説しないのか不思議に思いました。
そこで自分も全曲を聴いたかのようにレビューをでっち上げるか、仕事を断るかの二択になり、そんな時にストーンズにまつわる短編小説を書いたらどうかと提案されたのだそうです。大好きなストーンズについて、嘘をつきたくなかったと語る山川健一にとって、短編小説の掲載は苦渋の決断だったようです。
驚くべきは私が買った雑誌以外にも全曲を開設した記事はあちこちで見られ、でっち上げのレビューが多く掲載されていたことです。その一方で老舗音楽雑誌「ロッキンオン」は、特集している割に新譜の情報が少なく、ストーンズそのものを書いた記事が多かったのが印象的でした。情報が少なかったので、新譜ではなくバンドの歴史や記者会見にページを割いたわけです。
しかし聴いてもいないのに「これで満足できないなら、耳に鼻くそでも詰めとけ」とまで書いた、某雑誌の編集者は肝が太いと思います。そのくらいでないと、この手の仕事は務まらないのでしょうか。
ミックはストーンズのアルバム「ダーティワーク」の編集が終わらぬうちにソロツアーの日程を決め、キースは「ミックがソロツアーに行くなら、首をかき切ってやる」と発言し、それを無視する形でミックのソロツアーが開幕しました。「ダーティワーク」発売後にストーンズとしてのツアーができなくなったことにキースは憤慨し、ミックはストーンズからの脱退をほのめかしました。
辞めたがるミックと、それを止めようとするキースの構図で舌戦が続きましたが、突如キースがソロアルバムを発売してツアーを開始します。「ついにキースがミックを見限った」と言われ、20年以上続いたストーンズの解散は決定的と思われました。しかし2人はバルバドス島での会談で和解し、ストーンズとしての新譜「スティール・ホイールズ」が発表されました。
さらにストーンズはワールドツアーを行い、ミックの「これは解散コンサートでも懐メロコンサートでもない。スティール・ホイールズ・ツアーだ」の言葉通り、新譜からの曲を盛り込みつつ、これまでにない大掛かりなツアーを決行しました。日本にも初来日し、東京ドーム5万人を10日間、50万人分のチケットが即完して大きな話題になりました。ヨーロッパ各国を回ったアーバン・ジャングル・ツアーを含めて驚異的な観客動員数を誇ったストーンズは、解散から一転して巨大で強力なロックバンドとして復活を遂げたのです。
それから5年の月日が流れ、「ヴードゥー・ラウンジ」が発表されると、再び世界を巻き込んだ狂乱が起こると誰もが感じました。そしてミックが「原点回帰」という言葉を使ったため、往年のファンにも楽しめるかつてのストーンズが帰ってくると話題になったのです。特に日本ではスティール・ホイールズ・ツアーで初来日となった90年2月の興奮の記憶が残っていたため、高い注目を集めていました。
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※ローリング・ストーンズ |
音楽業界にとどまらず、経済界でも大きな話題となったストーンズの5年ぶりの始動は、日本でも大きな話題になりました。そして私はこの時の評論記事に、大きな不信感を覚えました。
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音楽誌が一斉に特集を組んだ
書店の音楽雑誌のコーナーに行くと、多くの雑誌の表紙がストーンズでした。一般雑誌の中にも特集を組んだものが多く、注目度の高さが伺えます。しかし特集といっても、ハドソン川で行われた記者会見を中心にしたものから、全曲解説が載っているものまでさまざまで、私はメジャーな音楽雑誌の全曲解説が載っているものを購入しました。※ハドソン川で行われたストーンズの記者会見 |
この時、少しだけ気になったのは、曲の解説を書いた数誌を読み比べると、かなり印象が違ったことです。しかし聴き手により曲の印象が変わるので、そんなものかと思っていました。私が買った雑誌には、全編を通じて60年代のブルースやR &Bを演奏していた頃に立ち返り、ライブで本領を発揮しそうな曲が多く並んでいると書いてありました。
「ヴードゥー・ラウンジ」を聴いて違和感を覚える
発売と同時に購入し早速聴いてみると、雑誌の解説とは違い、ライブ向けとは思えない曲が多くて違和感を覚えました。スタジオで練りに練られた感が強く、このアルバムで始めてストーンズを聴く人には、なんとも地味なアルバムだと感じたはずです。一方でアルバムの完成度は高く、前作の「スティール・ホイールズ」の時に感じた荒さなどはなく、よくまとまったアルバムだと感じました。とにかく雑誌の解説とは印象が全く異なり、最初に聴いた時は思っていたものと違うので戸惑いました。
そしてアルバムのライナーノーツにも違和感がありました。ストーンズの熱狂的ファンで小説家の山川健一が書いていたのですが、短編小説になっていました。アルバムの内容には全く触れず、しかも大して面白くもない短編小説で、なんでいつものように熱く解説しないのか不思議に思いました。
山川健一の告白
なぜライナーノーツに短編小説を載せたのか?という疑問に、山川健一はある雑誌の中で答えていました。ストーンズ側からプレス向けに配られたデモテープに収められていたのは、アルバムの全15曲中3曲しかなかったのだそうです。そこで3曲についてだけのレビューを書くことも考えましたが、既に世の中には全曲を聴いて書いたかのようなレビューが溢れていたため、ライナーノーツに3曲しか解説を書かないのは難しいと言われたそうです。※山川健一 |
そこで自分も全曲を聴いたかのようにレビューをでっち上げるか、仕事を断るかの二択になり、そんな時にストーンズにまつわる短編小説を書いたらどうかと提案されたのだそうです。大好きなストーンズについて、嘘をつきたくなかったと語る山川健一にとって、短編小説の掲載は苦渋の決断だったようです。
つまり嘘が横行していた
私が買った音楽雑誌のレビューと、実際にアルバムを聴いた時の違和感の正体がこれではっきりしました。雑誌のレビューは聴かずに書いていたので、見当違いの記事だったのです。3曲を聴いた印象と、記者会見の内容、そして曲のタイトルのイメージででっち上げられたレビューでした。驚くべきは私が買った雑誌以外にも全曲を開設した記事はあちこちで見られ、でっち上げのレビューが多く掲載されていたことです。その一方で老舗音楽雑誌「ロッキンオン」は、特集している割に新譜の情報が少なく、ストーンズそのものを書いた記事が多かったのが印象的でした。情報が少なかったので、新譜ではなくバンドの歴史や記者会見にページを割いたわけです。
しかし聴いてもいないのに「これで満足できないなら、耳に鼻くそでも詰めとけ」とまで書いた、某雑誌の編集者は肝が太いと思います。そのくらいでないと、この手の仕事は務まらないのでしょうか。
なぜ「ヴードゥー・ラウンジ」はここまで注目されたのか
80年代、ストーンズが音楽業界を騒がせたのは解散の噂でした。ソロプロジェクトを優先するヴォーカリストのミック・ジャガーに、ギターリストのキース・リチャーズが猛反発し、メディアを巻き込んで舌戦を繰り広げました。ミックはストーンズのアルバム「ダーティワーク」の編集が終わらぬうちにソロツアーの日程を決め、キースは「ミックがソロツアーに行くなら、首をかき切ってやる」と発言し、それを無視する形でミックのソロツアーが開幕しました。「ダーティワーク」発売後にストーンズとしてのツアーができなくなったことにキースは憤慨し、ミックはストーンズからの脱退をほのめかしました。
※ダーティワーク |
辞めたがるミックと、それを止めようとするキースの構図で舌戦が続きましたが、突如キースがソロアルバムを発売してツアーを開始します。「ついにキースがミックを見限った」と言われ、20年以上続いたストーンズの解散は決定的と思われました。しかし2人はバルバドス島での会談で和解し、ストーンズとしての新譜「スティール・ホイールズ」が発表されました。
さらにストーンズはワールドツアーを行い、ミックの「これは解散コンサートでも懐メロコンサートでもない。スティール・ホイールズ・ツアーだ」の言葉通り、新譜からの曲を盛り込みつつ、これまでにない大掛かりなツアーを決行しました。日本にも初来日し、東京ドーム5万人を10日間、50万人分のチケットが即完して大きな話題になりました。ヨーロッパ各国を回ったアーバン・ジャングル・ツアーを含めて驚異的な観客動員数を誇ったストーンズは、解散から一転して巨大で強力なロックバンドとして復活を遂げたのです。
※巨大なセットでワールドツアーを行ったスティール・ホイールズ・ツアー |
それから5年の月日が流れ、「ヴードゥー・ラウンジ」が発表されると、再び世界を巻き込んだ狂乱が起こると誰もが感じました。そしてミックが「原点回帰」という言葉を使ったため、往年のファンにも楽しめるかつてのストーンズが帰ってくると話題になったのです。特に日本ではスティール・ホイールズ・ツアーで初来日となった90年2月の興奮の記憶が残っていたため、高い注目を集めていました。
まとめ
この手の経験をしている人は案外多く、聴かずに絶賛されたり酷評したりしている評論は、ある一定の数があったように思います。この後、インターネットのブームが巻き起こり、情報ソースが雑誌からネットへと移っていき、雑誌の衰退が始まりました。雑誌からネットへの流れは急速に進み、あらゆるジャンルの雑誌がネットに侵食されて衰退していきますが、その話はまた別の機会に書きたいと思います。関連記事:60年目を迎えられるか? /時代を駆け抜けたローリング・ストーンズ
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ロックメディアのリテラシーのなさをよく示した内容にとても勉強になりました。
返信削除信頼のおける雑誌や評論家の記事がないので、いつしか音楽雑誌の購読をやめましたが、はねもねさんのように事実を突き止めようとしたり、過去の定説の検証をしているメディアや評論家はいるのでしょうか?
もしいるようでしたら教えていただけたらうれしいです。
これからもがんばってください。