日本の競泳を変えた日(3) 千葉すずの裁判

※この記事は2016年8月22日に、前のブログに書いた記事の転載です。

関連記事:日本の競泳を変えた日(1) 千葉すずという異端
     日本の競泳を変えた日(2) 千葉すずのレジスタント



水連は千葉すずの代表落選について、以下のような理由を並べました。

・代表選考会の千葉の記録は、昨年の世界の記録の中では16位程度になる。
・水連が独自に指定した標準記録に届いていない。
・現在の千葉選手の実力では、世界と戦えない。





これには多くの疑問がありました。まず昨年の千葉選手は、世界2位のタイムを出しています。今年から参戦した選手ならともかく、昨年からレースに参加している選手の今年のタイムを、昨年の記録に当てはめるのは変な話です。そして水連が指定した標準記録ですが、これはメディアも知らなかったことで、事前に選手に知らせていたのか?という疑問が残りました。

では水連は千葉選手を落選させて誰を選んだのかというと、誰も選びませんでした。代表枠を余らせて、千葉選手を落選させたのです。ここに、何が何でも千葉選手をオリンピックに出したくないのでは?という疑問が生まれました。さすがに千葉を落選させて他の選手を選ばないという水連のやり方には疑問の声が上がり、水連も苦しい弁明を繰り返すことになります。

千葉選手はこれを不服として、スイスのスポーツ仲裁裁判所に提訴します。このニュースは話題になり、他の競技も含めて代表の選考方法が議論されるようになります。そして水泳界の裏側では、別の動きがありました。特に男子の代表入りを果たした山本貴司選手に、何も喋らないように様々な働きかけが行われたのです。

※山本貴司選手


山本選手は、現在の千葉選手の夫です。2人の交際は、水泳界では広く知られていました。その山本選手が「俺、みんなに本当のことを話す」と言い出し、千葉選手が「あなたには未来があるから、何も言わないで」と懇願したことがあったと山本選手自身が後に語っています。水泳関係者も「山本くんが暴走しないように止めて」と、友人知人にお願いしていたようです。

恐らく山本選手が話そうとした「本当のこと」は、水連が定めた標準記録は事前に知らされてなかったということだと思います。標準記録は千葉選手を落選させるために後から言い出したタイムで、それを訴えようとしたようです。しかし水連に反抗すれば、山本選手が大学に職員として残る道や、コーチになることもできなくなる可能性があるので周囲が止めていたのです。

スポーツ仲裁裁判所の判決は、千葉選手の敗訴でした。しかし水連にとっても痛い判決で、裁判費用の負担と選考方法の透明化を水連に要求するものでした。この判決以降、水連の代表選考ルールは、選考レースで2位以上で設定された派遣標準記録を上回った選手になり、さらにタイムも事前に公表されるようになりました。「世界と戦える選手」という曖昧な表記はなくなり、順位とタイムだけで選考されるようになったのです。

※スポーツ仲介裁判所

現在、水連の上野広治強化本部長は「裁判があったから、こうなった」と、選考会の一発勝負で五輪代表を決めることの良さを強調しています。千葉選手は敗訴しましたが、選考方法に一石を投じ、それが水泳の躍進の一因とも言われています。もちろん現行制度も完璧ではないので、異論も多くあります。しかし透明性が高くなったことで、不公平感は減ったと言われています。

千葉選手は山本選手と結婚し、4人のお子さんがいます。山本選手は近畿大学の水泳部の監督に就任し、水泳の大会には家族全員で見に来ている姿を多く見かけられています。千葉すずという異端が残した足跡は、メダルとは無縁のところで今も生き続けているのです。





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