スポーツは有料で楽しむ時代が日本に来るのか?/地上波放送の減少

 2022年サッカーワールドカップ カタール大会のアジア予選で、地上波放送での日本戦の中継が日本のホーム試合のみになりました。アウェイ戦はDAZNのみとなり、日本戦を全て見たい人はDAZNへの加入が必須になりました。ボクシングでも村田諒太や井上尚弥など、人気の高い選手の試合はDAZNやAmazon Primeの放送になり、日本もアメリカのようにスポーツを有料で楽しむ時代が到来したと言われています。しかし日本でもアメリカのように、有料放送がメインになるとは私にはどうしても思えません。今回はその理由を書いてみたいと思います。


サッカーワールドカップの放映権

ワールドカップ本大会の中継は、abemaTVが担当することになりました。日本戦は地上波でも放送するようですが、最初にabemaTVが放映権を獲得した時には地上波で日本戦がみられないのかと、ちょっとした動揺が広がりました。最終的に日本戦は地上波でも放送することになったのですが、abemaTVというネット放送局が放送権を獲得する事態は、テレビの凋落を感じさせる事件でもありました。

なぜこのようなことになったかというと、放映権料が高騰して日本のテレビ局が購入できなくなったからです。高騰の経緯には紆余曲折あるのですが、広告収入料が落ち込んでいるテレビ局が放映権を購入できなかったのです。そこで手を上げたのが、テレビ朝日とサイバーエージェントが設立したabemaTVでした。テレビ朝日が放映権料を購入できないのにabemaTVが購入したのは変な気がしますが、原資はサイバーエージェントが用意したようです。サイバーエージェントの藤田晋氏のインタビューによると、前年の「ウマ娘」のヒットで資金が用意できたようです。つまり日本でワールドカップを見られるのは、ウマ娘のおかげというわけです。

※ウマ娘


ボクシングの有料放送

2018年、DAZNがWBAミドル級王者の村田諒太の2度目の防衛戦を独占中継すると発表しました。2018年10月20日に行われた防衛戦の相手はロブ・ブラント(米)で、場所はネバダ州ラスベガスでした。アメリカ市場に乗り込みたい村田の野望に加え、高騰するファイトマネーを日本のテレビ局では支払えなかったのです。


バンタム級世界王者の井上尚弥も、2021年12月に行われたアラン・ディパエンとの防衛戦でネット配信を選択しました。この試合はひかりTVとabemaTVで有料配信され、一定の成功を納めています。そして2022年に入り、4月9日に行われたミドル級王座統一戦と6月7日行われたバンタム級王座統一戦はAmazon Primeで放送されました。500円/月の会費を払っている会員のみが見られるのですが、村田諒太と井上尚弥のビッグマッチということもあり、過去最高の視聴者数を獲得したそうです。

ボクシングのように数秒で試合が終わる可能性があるコンテンツは、テレビよりネット配信の方が有利というのはあります。しかしそれを差し引いても、選手が納得できるファイトマネーを支払えるテレビ局がなかったというのも大きかったようです。特に村田諒太vsゲンナジー・ゴロフキンのミドル級王座統一戦は、両者のファイトマネーを合わせて20億円を超えており、これほどの費用を払えるテレビ局がなかったと言われています。

アメリカでは常識のPPV

アメリカのスポーツ中継は、PPV(ペイ・パー・ヴュー)放送が常識になっています。これはその試合を見るために料金を払うシステムで、特にボクシング、UFC、WWEの3つがPPV売上の大半を占めています。これにより選手は天文学的な収入を得ることが可能になっていて、多くの選手がPPVの売上に注意を払っています。


これまでのPPVの最多販売数は2015年に行われたフロイド・メイウェザーvsマニー・パッキャオの一戦で、460万件もの販売を記録しています。この時の販売価格はなんと100ドルだったので、これだけで500億円近い売上になります。この時のメイウェザーのファイトマネーが144億円、パッキャオのファイトマネーが96億円と言われるのも納得の売上です。わずか1戦でこれほど稼ぐことができるのは、PPVのおかげなのです。

しかしPPVの弊害もアメリカでは言われていて、お金を払う人しかその競技を見ることができないので、ファンの底辺を拡大することができないのです。しかも最近ではPPVの価格が上がってきているので、高すぎるという声も出ています。先程のメイウェザーvsパッキャオのように100ドル(1ドル100円として1万円)というのは、わずか1試合の金額としては高額と言えるでしょう。

なぜアメリカでPPVが定着したのか

私はアメリカに住んだことがないのですが、アメリカ人と話しているとアメリカでPPVが定着した理由がわかるような気がしてきました。アメリカ人はホームパーティが大好きですが、その大きな理由は娯楽がないからだそうです。日本に住んでいるアメリカ人の知人の子供達は、アメリカに里帰り(アリゾナ州ツーソン)すると「遊ぶところがない」と騒ぐそうで、娯楽の種類が日米では大きく違うのです。

※ツーソン

知人の子供達は日本ではカラオケやラウンド1のほか、さまざまなイベントに友達らと出かけているそうですが、アメリカに帰ると未成年は飲みに行くこともできないので家でテレビを見るぐらいしかないそうです。アメリカの大都市と言えば、日本に例えるなら新宿以上の大都市を思い浮かべがちですが、あるアメリカ人の知人は「仙台や博多ぐらいだとアメリカでは大都市になる」と言っていました。

娯楽が少ないからホームパーティが増えていき、PPVもその一環なのです。PPVの100ドルは高価ですが、友人らと集まって10人で見れば1人10ドルです。1人あたり1000円ちょっとなら、高いけどなんとか出せるというわけです。こうして遊ぶところがないアメリカではホームパーティが盛んで、PPVもみんなで集まってワイワイ騒ぎながら見るのにちょうど良かったのです。

日本でPPVは流行るか?

日本でホームパーティをする人は少数派ですし、友人達と集まって一緒にスポーツを見る習慣もありません。PPVのアメリカでの価格は50ドルぐらいが多いですが、日本で1試合のために1家庭で5000円以上も払う人は少数派ではないでしょうか。繰り返しますが、アメリカでは友人達と集まって見るので、5000円以上でも割り勘で払っているのです。日本だと1人で見る人がほとんどなので、5000円も払う人がどれだけいるでしょうか。


PPVではなくDAZNのように、他のスポーツも見ることができるチャンネルで放送すれば、お得感が出るので良いという意見もあります。例えばDAZNに加入すると、サッカーのJリーグが全試合見れますし、スペインリーグのラ・リーガも見れます。プロ野球中継もありますし、モータースポーツのF1やゴルフのPGAツアーも見ることが可能です。これで月額3000円ならお得と感じる人もいるでしょう。

しかしボクシングファンがサッカーや野球を見るでしょうか?その逆も然りで、F1のファンがプロ野球を見るでしょうか。もちろんスポーツ全般を好きな人もいますが、サッカー好きはサッカーしか興味がなかったり、野球好きは野球以外は見ないという人も多くいます。この中にボクシングのような単発のイベントを入れて、果たしてどれだけ加入者が増えるのか、これも疑問に感じてしまいます。

まとめ

娯楽が多いため、誰かの家に集まってホームパーティをする習慣がない日本では、PPVは難しいように思います。家に集まるよりも、家の外の施設で遊ぶことが多い日本人には、むしろスポーツバーのようなところで、大勢で観戦する方が合っているのではないかとすら思います。テレビ局の広告収入料が減り続けている現在、今後も大金が動くスポーツ中継はテレビ放送は厳しいでしょう。今後もネット配信がさらに増えると思われますが、PPVのような高額な放送は日本では普及は難しいように思います。


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