ファンにもわかりづらくなったボクシングの判定 /重要になる解説の役目

 大晦日に行われたボクシングの世界戦、井岡一翔vs福永亮次の試合は、井岡選手の判定勝利で終わりました。しかし試合終了後から、ネットではテレビ解説を行なっていた元世界王者の内藤大助さん、内山高志さんに対する批判が起こりました。解説が井岡選手寄りで、井岡選手の良さばかりを話していると言うのです。今回は、この件からボクシングの今後について考えていきたいと思います。


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井岡一翔vs福永亮次が決まるまで

2020年の大晦日に注目された井岡一翔vs田中恒成で快勝した井岡選手の2021年は、薬物使用疑惑という最悪の幕開けから始まります。田中恒成との試合で行われた薬物検査の検体(尿)をJBC職員が適切に保管せず、年が明けてから検査に回したため陽性反応が出たのです。検査機関はマリファナの可能性があったため警察に連絡し、井岡選手は家族の前で警察に連行されてしまいます。

そもそも腐敗した検体から検出されたものに証拠能力はなく、井岡選手はその日に警察の取り調べを終えて捜査は終了しました。それをなぜか週刊誌がスクープしたため、井岡選手は薬物疑惑の渦中に置かれることになります。この問題は、JBCが謝罪したことで一応の決着になりました。このトラブルとコロナ禍により、井岡選手のスケジュールは大幅な見直しを迫られます。

2021年9月にWBO2位のフランシスコ・ロドリゲスを相手に防衛戦を行い完勝すると、11月にはIBFスーパーフライ級王者のヘルウィン・アンカハスとの王座統一戦を発表しました。注目の一戦でしたが、この発表からしばらくして政府はオミクロン株の流行を抑えるために外国人の入国が禁止されたことでアンカハスの入国が不可能になりました。王座統一戦は一旦白紙となり、井岡選手は大晦日に福永亮次を相手に防衛戦を行うことになりました。

試合の結果と最初の感想

早いラウンドで井岡選手がKOするという予想もありましたが、福永選手が予想外に粘って12Rをフルに戦いました。ジャッジは115-113、116-112、118-110で、3-0での井岡選手の勝利でした。私はジャッジをつけながら見ていたわけではないのですが、漠然と3から4ポイント差で井岡選手だと思っていたので、8ポイントも差がついたのには驚きました。8ポイント差ということは、ほぼワンサイドゲームだったということです。福永選手もかなりパンチを当てていたので、それほどの差がついたとは思えませんでした。



その後、元プロボクサーや現役のボクサーが次々とSNSなどにコメントを出し、井岡一翔の圧勝だったと言っていました。中には2ポイント差なんかありえないとか、フルマーク(12ポイント差)で井岡選手の勝利だったと言うボクサーもいて、自分の感想との隔たりに驚かされました。プロの目には、ほぼワンサイドのゲームに映っていたわけです。

ネットでの批判

この試合中継を見ていた人達からは、正反対の批判が出ていました。解説者が井岡選手びいきの解説ばかりしていたと言うもので、試合はほぼ互角の戦いだったという人もいました。井岡の勝ちを肯定する人も8ポイント差はありえないと言い、せいぜい2ポイント差程度としていました。解説していた内藤大輔と内山高志は批判にさらされ、特に井岡一翔と交流のある内山高志は中傷に近いことも言われていました。

ネット上にコメントする一般のファンは接戦だったと言い、ボクサーは井岡一翔の圧勝だったと言う正反対の印象になっていました。この差は一体なんなのだろうと思った私は、録画した試合を見返すことにしました。

思い切りの良い攻撃と巧みなディフェンス

生中継で見ていた時には、あまり期待されていなかった福永選手が闘志剥き出しで戦う姿に見惚れましたが、2回目ということもあり冷静に見ることができました。こうして落ち着いて見ると、福永選手が思い切りの良い攻撃を繰り出し、井岡選手が巧みなディフェンスで交わしているのがわかります。福永選手が強烈なフックを何度も強振しますが、井岡選手はことごとくかわずか、ガードの上から打たせています。福永選手の強打は空を切るか、当たってもガードの上なのでダメージはほとんどありません。

それでも何度か福永選手のパンチが井岡選手の顔面を捉えました。スウェイで避けきれなかった井岡選手が被弾したもので、これは福永選手の踏み込みが深いから当たったのです。世界王者を恐れることなく、勇気を持って福永選手がパンチを出していたことがわかります。反対に井岡戦のパンチは細かく、強振することはほとんどありません。しかしそのパンチは福永選手が前に出てきたところをカウンター気味に当てるもので、強打でなくてもダメージを与えるパンチでした。前に出るたびにパンチを打たれる福永選手は最後まで苦しい展開で、それでも挫けずに最後まで戦い抜いたのは立派だと思います。

このような展開になったため、福永選手の豪快なパンチと井岡選手の細かいパンチが交錯し続け、福永選手の豪快なパンチはほとんどダメージを与えられなかったのに対し、井岡選手の細かいパンチは確実にダメージを与えていました。見た目の印象とは真逆のことが起こっていて、これが一般のファンとボクサーの印象の違いになったのだと思いました。また簡単に倒されると思われていた福永選手が予想を上回る頑張りを見せたことで、福永選手が善戦している印象が強くなったのでしょう。

また井岡選手は後述するロマチェンコのように、打たれないで一方的に打つスタイルというより、相手を自分の土俵に引き込んで戦います。そのため乱打線に見えることも多く、攻撃されている時間が結構あるように見えてしまいます。しかし実際には相手が攻めあぐねることも多く、福永選手も手が止まる場面がありました。自分のパンチがことごとくガードされ、打つたびにパンチをもらうので前に出られなくなるのです。

打撃戦をしなくなったボクシング

打撃戦はボクシングの華でしたが、最近は打撃戦をしないように考えるボクサーが増えました。パンチを打ち合うのではなく一方的に殴る試合が理想だとする考えるようになったのです。現役のボクサーならワシル・ロマチェンコが、その典型的な例になります。巧みなフットワークで相手の攻撃をかいくぐると、相手の攻撃が届かない場所から一方的に殴ります。そのためほとんどのパンチを被弾することなく、延々と殴り続けて相手が戦意を失うことがよく起こります。ロマチェンコは、現役ボクサーの中で理想型の一つと言えるでしょう。

※ワシル・ロマチェンコ

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パンチドランカーが深刻な問題となり、多くのボクサーは殴られずに殴ることを研究するようになりました。日本でもアマ出身のボクサーが増えたことでテクニシャンが増え、腰を据えて殴り合うのではなくパンチをかわして殴る展開が増えました。井岡一翔は巧みなディフェンスで相手の攻撃を無効化し、無駄のない動きで相手を追い詰めていきます。また井上尚弥もディフェンスが巧みで、ほとんど打たれることなく一方的に強打を当てています。

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2000年から2006年まで通算9回も王座を防衛した徳山昌守は、柔道の掛け逃げにも見える戦い方をするため人気はありませんでした。徳山選手は抜群の距離感で相手の長所を潰し、対戦相手にとって常に戦いにくい存在でした。不人気ボクサーでしたが、打たれることなく相手の長所を消していく徳山選手のスタイルが再評価されており、今後も打撃戦より打たれずに打つスタイルが広がると思われます。これはバレーボールからラリーが減ったことに似ていると思います。見ている側はラリーがバレーボールの見どころになりますが、選手は体力を消耗するラリーを極力減らしてサーブで得点することが理想となりました。

わかりにくい試合展開

派手な打撃戦ではなく、距離感やリズム、ポジション取りで相手に攻撃させないようにする駆け引きは、一般のファンには分かりにくいものになりました。荒っぽい打撃戦から洗練された展開になったことで、どちらが優位に立っているか分かりにくいものになり、その結果として判定に関して物議を醸すことが増えてしまいました。

私は現在のRIZINなどの人気の理由がここにあるように思います。RIZINは今でも荒っぽい打撃戦が多く展開されているので、多くの人にとってどちらが優位に立っているかわかりやすいのです。UFCでもボクシングのように洗練された試合が徐々に増えていて、判定がわからなくいと言われることがあります。一般のファンにとって、洗練されればされるほどわかりにくくなってしまうわけです。

解説者の役割が変わる可能性

ボクシングの解説者は、このわかりにくい試合展開を一般のファンに分かりやすく伝えることが求められるでしょう。今回の井岡一翔vs福永亮次戦でも、サウスポー対策として前足の位置について語られていましたが、ちょっとわかりにくいと思いました。このような難しい技術的な解説が求められますし、できなければボクシングは一部のマニアのものになるかもしれません。これまでのような「気持ち」や「闘志」を前面に押し出す解説から、何が起こっているのか視聴者にわかる解説が必要になるでしょう。

これはサッカーやバスケット、野球などでで試行錯誤されていることで、決して珍しくはありません。これらの競技は戦術が結果に大きく作用するので、戦術の解説が不可避だったからです。近年のボクシングも同様で、かつてのようにパンチ力や勇気、気迫といったことと同様に戦術が重要になっています。ですからボクシングでも戦術の解説が大きな役割になってくるでしょう。高度化し複雑になったボクシングの戦術や駆け引きを、わかりやすく見ている人に伝える役割が解説者に求められるでしょう。

まとめ

ボクシングは技術が進化し洗練されたことで、世界戦では大味な打撃戦が減りました。そのため一般のファンにはわかりにくい試合が増えていて、専門家と一般のファンでは勝敗の印象が真逆になることも増えています。今後は、この断層を埋める解説人が求められると思います。現在のボクシングは単なる殴り合いではなく、チェスのような一面もあります。それはバレーボールが単なるスパイクの打ち合いではなかったり、サッカーがシュートの打ち合いではないのと同様です。そういったことを誰にでもわかるように解説してくれる解説者が、必要だと思いました。



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