極端な偏見をもって抹殺しろ /映画「地獄の黙示録」のあのセリフの話
アメリカ人のビル(仮名)は、カリフォルニア産のヤンキーです。日本人が持つステレオタイプのカリフォルニアンのイメージそのままで、肌寒い季節なのにTシャツ一枚でやって来て、不必要に大きな声で話し笑います。いつも体を鍛えていて、時にイラッとするくらいポジティブで、IT系なのか金融系なのかわからない会社のマネージャーをしています。今回は、そんなビル(仮名)から教えてもらった話です。私が長年悩んでいた、映画「地獄の黙示録」の台詞の謎が解けたのです。
B「とにかく僕は彼にクビだと言わなくてはいけない」
井「辛いな」
B「ボスは怒っていて”Terminate with extreme prejudice."って言ったんだ。笑えるだろ」
井「ん?そのセリフ聞いたことあるぞ」
B「ああ、”Apocalypse Now”って映画のセリフだ」
井「地獄の黙示録か!!」
関連記事: 戸田奈津子の映画字幕を考える 誤訳はなぜ起こる?
知らない方のために「地獄の黙示録」を説明すると、1979年に公開されたアメリカ映画で、コッポラ監督の名作の1つと言われています。ベトナム戦争の最中、アメリカ陸軍のカーツ大佐は暴走して軍の指揮下から外れ、原住民を引き連れてジャングルに王国を築いていました。上官から呼び出されたウィラード大尉は、カーツ大佐の殺害を命じられ、カンボジアのジャングルに向かいます。この映画では戦争の狂気が存分に描かれ、難解なラストシークエンスが話題になりました。
例のセリフは、カーツ暗殺をウィラードが指示される場面に使われ、その翻訳について議論になったのです。当初、戸田奈津子さんはTerminate with extreme prejudiceを「彼を抹殺しろ」と訳していたと思います。
しかしこの場面は、とてもデリケートな会話の場面です。カーツが暴走して軍の指揮下から外れて王国を築いたなど世間に知られると、ベトナム戦争反対派の格好の餌食になるため、絶対に知られてはならない事実です。ましてや軍がその軍人を暗殺することが知られたら、批判だけでは済まなくなります。ですから命令も「殺せ」などの直接的な言い方ではなく「Terminate」(終わらせる)と湾曲的な言い方になります。
そのためウィラード大尉にも意味が伝わらず、「Terminate?」と聞き返しています。その質問に答えるようにCIAの男が「Terminate with extreme prejudice」と言うのです。「終わらせろ。極端な偏見をもって」と、あくまでも湾曲表現です。殺せとは言わないので、ある意味ずるい言い方ですね。この戸田奈津子の「彼を抹殺しろ」という訳に異議を唱えたのが立花隆で、著書「解説 地獄の黙示録」にさまざまな考察を記しています。
その後、この訳については多くの人があれこれ意見を述べるようになり、DVD化される時に戸田奈津子さんは大幅に字幕を訂正しています。現在は「抹殺しろ、私情を捨てて」になっていたと思いますが、これも迷訳として批判されています。
日本と違ってアメリカには解雇にも種類があります。会社の業績不振などで社員に辞めてもらうレイオフなどは、業績が戻れば会社に復帰することができます。しかし会社が従業員の能力が不足していると判断したり、不祥事を起こして解雇される時は、会社への復帰はできません。
職場復帰できる解雇は、without prejudice(不利益にならない、権利を毀損しない)で、復帰できない解雇はwith prejudice(不利益になる)だと言います。prejudiceは「先入観」や「偏見」以外にも「損害」や「不利益」の意味がありますよね。映画のセリフでは、ここにextreme(極端な、過激な)という単語が入り、with extreme prejudiceになります。「相手の権利なんか知ったことか!」という過剰な表現になるのです。
ビル(仮名)は「超絶解雇」と変な日本語訳をつけていましたが、ボスは「問答無用ですぐに解雇しろ」みたいな意味で、映画のセリフを使って言ったようです。もちろん解雇の時に、このようなセリフは一般的ではありません。「地獄の黙示録」ではカーツを辞めさせることを過剰な言い回しで、暗殺しろと暗示したようです。
カーツがどの詩を読んだかなど大した意味はなく、脚本がないので思いつきで演技をする俳優と、どうやって終わらせてよいかわからなくなった監督が、とにかくカメラを回した結果があのラストなのです。私はこの映画はストレートに狂気を狂気として見て、どれほど戦争で狂ったことが起こっているかを感じればいいように思っています。
「地獄の黙示録」は名作として知られていますが、好みが分かれる映画だと思います。この映画に関しては思うところがいくつもあるので、また別の機会に書いてみたいと思います。
ビル(仮名)との電話
ビル(仮名)から電話があり、iPhoneのフェイスタイムで話をしました。なんと底抜けに陽気なビル(仮名)が悩んでいるのです。いろいろ事情はあるようですが、彼の日本語能力と私の英語能力が低いために細かい事情は理解できませんでした。深夜まで残業している私に電話してきて「こんな時間まで働けるなんて、君はそのうち社長になれるな!」とか明るく言うビル(仮名)にも悩む時があるのが驚きでした。B「とにかく僕は彼にクビだと言わなくてはいけない」
井「辛いな」
B「ボスは怒っていて”Terminate with extreme prejudice."って言ったんだ。笑えるだろ」
井「ん?そのセリフ聞いたことあるぞ」
B「ああ、”Apocalypse Now”って映画のセリフだ」
井「地獄の黙示録か!!」
議論だったTerminate with extreme prejudice.
このセリフは、誤訳ではないかと議論になったことがあります。字幕を書いたのはネットで誤訳の女王と呼ばれている戸田奈津子(通称なっち)で、最初に噛みついたのは立花隆でした。関連記事: 戸田奈津子の映画字幕を考える 誤訳はなぜ起こる?
知らない方のために「地獄の黙示録」を説明すると、1979年に公開されたアメリカ映画で、コッポラ監督の名作の1つと言われています。ベトナム戦争の最中、アメリカ陸軍のカーツ大佐は暴走して軍の指揮下から外れ、原住民を引き連れてジャングルに王国を築いていました。上官から呼び出されたウィラード大尉は、カーツ大佐の殺害を命じられ、カンボジアのジャングルに向かいます。この映画では戦争の狂気が存分に描かれ、難解なラストシークエンスが話題になりました。
例のセリフは、カーツ暗殺をウィラードが指示される場面に使われ、その翻訳について議論になったのです。当初、戸田奈津子さんはTerminate with extreme prejudiceを「彼を抹殺しろ」と訳していたと思います。
立花隆から始まる批判
このセリフを直訳すると「極端な偏見をもって終わらせろ」みたいな日本語になり、意味がよくわからなくなります。そのため戸田さんは、ウィラード大尉が暗殺を指示されたことが観客に伝わらなければ、その後の展開がわからなくなってしまうと考え、ストレートに「抹殺しろ」と訳したと著書「字幕の中に人生」で述べています。※一部では迷著だと言われています。 |
しかしこの場面は、とてもデリケートな会話の場面です。カーツが暴走して軍の指揮下から外れて王国を築いたなど世間に知られると、ベトナム戦争反対派の格好の餌食になるため、絶対に知られてはならない事実です。ましてや軍がその軍人を暗殺することが知られたら、批判だけでは済まなくなります。ですから命令も「殺せ」などの直接的な言い方ではなく「Terminate」(終わらせる)と湾曲的な言い方になります。
そのためウィラード大尉にも意味が伝わらず、「Terminate?」と聞き返しています。その質問に答えるようにCIAの男が「Terminate with extreme prejudice」と言うのです。「終わらせろ。極端な偏見をもって」と、あくまでも湾曲表現です。殺せとは言わないので、ある意味ずるい言い方ですね。この戸田奈津子の「彼を抹殺しろ」という訳に異議を唱えたのが立花隆で、著書「解説 地獄の黙示録」にさまざまな考察を記しています。
その後、この訳については多くの人があれこれ意見を述べるようになり、DVD化される時に戸田奈津子さんは大幅に字幕を訂正しています。現在は「抹殺しろ、私情を捨てて」になっていたと思いますが、これも迷訳として批判されています。
ビル(仮名)による解説
最初の話に戻りますが、なぜビル(仮名)のボスは「地獄の黙示録」で抹殺しろなどの意味で使われたセリフを使ったのでしょう。まさかビル(仮名)の部下を殺せと言ったわけではありません。ビル(仮名)によると、この言葉は「解雇しろ」の意味だそうです。日本と違ってアメリカには解雇にも種類があります。会社の業績不振などで社員に辞めてもらうレイオフなどは、業績が戻れば会社に復帰することができます。しかし会社が従業員の能力が不足していると判断したり、不祥事を起こして解雇される時は、会社への復帰はできません。
職場復帰できる解雇は、without prejudice(不利益にならない、権利を毀損しない)で、復帰できない解雇はwith prejudice(不利益になる)だと言います。prejudiceは「先入観」や「偏見」以外にも「損害」や「不利益」の意味がありますよね。映画のセリフでは、ここにextreme(極端な、過激な)という単語が入り、with extreme prejudiceになります。「相手の権利なんか知ったことか!」という過剰な表現になるのです。
ビル(仮名)は「超絶解雇」と変な日本語訳をつけていましたが、ボスは「問答無用ですぐに解雇しろ」みたいな意味で、映画のセリフを使って言ったようです。もちろん解雇の時に、このようなセリフは一般的ではありません。「地獄の黙示録」ではカーツを辞めさせることを過剰な言い回しで、暗殺しろと暗示したようです。
難解な映画の難解な解説
印象的なシークエンスが多く、理解しづらいラストを迎える映画なので、数々の解説が書かれています。そしてその解説も難解なものが多く、さらに多くの解釈を生みました。立花隆の「解説 地獄の黙示録」は、かなり深く考察したもので読み応えもありますが、ラストシークエンスの考察は考えすぎ、深読みしすぎの典型的な落とし穴にはまっています。※「殺せ」とは言わないハリソン・フォード |
カーツがどの詩を読んだかなど大した意味はなく、脚本がないので思いつきで演技をする俳優と、どうやって終わらせてよいかわからなくなった監督が、とにかくカメラを回した結果があのラストなのです。私はこの映画はストレートに狂気を狂気として見て、どれほど戦争で狂ったことが起こっているかを感じればいいように思っています。
まとめ
思わぬところから、長年疑問に思っていたセリフの意味がわかりました。without prejudiceは法律用語という解説も聞いたことがあったので、軍の堅苦しい表現かとも思っていたのですが、むしろ砕けた言い方だったようです。この言葉に関しては多くの人が解説し、多くの解釈が出ていました。この言葉の意味を、こんなところから知るとは思いませんでした。「地獄の黙示録」は名作として知られていますが、好みが分かれる映画だと思います。この映画に関しては思うところがいくつもあるので、また別の機会に書いてみたいと思います。
コメント
コメントを投稿