Tシャツ文化を広めた男 /マーロン・ブランドの人生

アメリカの俳優マーロン・ブランドは、演技手法に決定的な変化をもたらした名優ですが、アメリカのファッション文化に多大な影響を与えた人物でもあります。そしてスタジオの問題児であり、数々の現場をトラブルに巻き込み、私生活でもトラブルを引き起こしていました。


マーロン・ブランドの誕生

1924年ネブラスカ州に労働者の父と女優の母親の間に生まれます。「父は酔っ払いで、娼婦とバーで喧嘩をするのが好きなスーパーマッチョな男だった」と語るように、気性が激しく支配的な性格だったようです。ブランドの少年時代は父親への怒りに満ち、後にブランドは自分の子供たちを絶対に父には近づけないと誓うほど、険悪な関係になっていきます。

※マーロン・ブランドと父親(左)

支配的な癇癪持ちの父に対する嫌悪感から、母親は守ってくれませんでした。母も酔っ払いだったのです。こうした環境からか、ブランドは荒んでいきます。さらに小学生の頃に、学内の黒人少年と仲良くしていたため問題になりました。当時のアメリカでは黒人の人権は制限されており、白人との交流を禁じられていました。

こうした反抗的な性格を治そうと、父親は陸軍アカデミーに入れます。しかしそこでも反抗的な性格が問題になり、退学処分になりました。紆余曲折あって復学が認められますが、ブランドは復学を断固として拒否しました。

その後は職を転々としますが、2人の姉に誘われてニューヨークに移り、姉の影響で演技学校に入りました。ここでブランドは天職を得ることになります。

映画デビュー

名優ステラ・アドラーの元で演技の勉強を始めると瞬く間に頭角を現したブランドは、47年には舞台「欲望という名の電車」に準主役を務めるようになります。50年には「男たち」で映画デビューを果たすと、51年に映画「欲望という名の電車」に舞台と同じ役で出演します。

※欲望という名の電車

アカデミー女優ビビアン・リーと、マーロン・ブランドのハイレベルな演技合戦になる終盤のシークエンスは、映画関係者にとって無視できないものでした。そしてこうも言われました。「そもそもマーロン・ブランドという新人俳優は、演技をしているのか?素のまま喋って動いているだけではないのか?」

※波止場

あまりに自然なブランドの演技力は、演じていないかのような評価を受けてしまいました。そして54年には「乱暴者」に主演します。暴走族という犯罪者を描いた映画のため、公開された映画館は限られていましたが徐々にヒットしていきます。さらに同年「波止場」に主演して、アカデミー賞を獲得してトップスターの仲間入りを果たします。

堕ちたキャリア

反抗的で破天荒なブランドの性格は、スタジオで数々のトラブルを引き起こします。監督やスタッフとのケンカは茶飯事で、若くて美しい女性を見ると所構わず口説きだすブランドは、女優とベッドを共にするために撮影をすっぽかすこともあったようです。こうしてスタジオから煙たがられ、次第に仕事が減少していきます。

※伯爵夫人

さらに父親が多額の借金を抱えたため、安価なB級映画にも出演するようになります。かつての銀幕のスターだったブランドは、小塚い稼ぎのような映画にも盛んに出演していき、すっかり過去の人になってしまいました。数々のトラブルに加え、ギャラの安い映画に出演を繰り返すブランドに未来はないかに見えました。

劇的な復活

フランシス・フォード・コッポラは、落ちぶれたマーロン・ブランドを「ゴッドファーザー」の主演にしました。ここでブランドは神がかった演技を見せ、映画は大ヒットになりました。チェロキーインディアンの血を引いたブランドが、初老のイタリア人になりきり、痛いまでの家族への愛情と冷酷さを兼ね備えたマフィアのボスを見事に演じ、観客に強烈な印象を残したのです。

※ゴッドファーザーのドン・ビトー・コルレオーネ

さらにコッポラの「地獄の黙示録」に出演すると、狂った軍人カーツ大佐を演じて話題になります。ここでもブランドは問題児ぶりを発揮し、痩せこけて来るはずが丸々太って現れ、原作を読んでおくことが条件だったにも関わらず全く読んでいませんでした。勝手に撮影を打ち切ったり「カーツには美しい現地妻が必要だ」と、勝手にオーディションを始めて好みの女性を選んでベッドに連れ込んだりとやりたい放題で、撮影が進まないコッポラは自殺寸前まで追い詰められました。しかし映画は世界的なヒットになり、コッポラもブランドも不動の名声を手にします。

※地獄の黙示録のカーツ大佐

その後は世界一高額なギャラの俳優と呼ばれますが、晩年にはインディーズ映画への出演も多く、2004年に心不全で亡くなりました。80歳でした。

演技に与えた影響

ブランドがデビューする前の映画界は、舞台演技がそのまま持ち込まれていました。遠くの観客にもわかるように、大きな演技をするのが特色で、セリフも大きくはっきり言います。しかしリー・ストラスバーグやステラ・アドラーは、映画用のもっと自然な演技を提唱しました。メソット演技とも呼ばれるこの手法は、ニューヨークのアクターズ・スタジオなどで教えられ、その中から後のスターが育ちました。

※アクターズスタジオ

ブランドの演技は、この自然な新しい演技手法により、それまでタブーだったボソボソした話し方、セリフを言わずに表情だけで気分を表したり、急な機嫌の変化などをふんだんに盛り込んでいました。そのため「演技に見えない」という評価を受けることもありました。

「欲望という名の電車」では、王立演劇アカデミーで鍛えられたビビアン・リーとの演技合戦で、新旧の演技手法が交わるスリリングな展開になりました。さらに「波止場」での元ボクサーの港湾労働者の役は、かすかにボクシングの後遺症が残る粗野な雰囲気で、ボソボソと喋る演技は強烈な印象を残します。

※ポール・ニューマン

アクターズスタジオで演技を勉強していたジェームス・ディーン、ポール・ニューマン、スティーブ・マックイーンなどは影響を色濃く受け、その後のスタンダードになります。ブランドの影響を受けた俳優は、アメリカにはいないと言われるほど戦後の演劇に決定的な影響を与えました。

ファッションリーダーだったブランド

「欲望という名の電車」でブランドが演じたのは貧困層の労働者スタンリーで、上流階級育ちのブランチ(ビビアン・リー)は義理の姉になります。破産したブランチが妹のところに転がり込むのですが、スタンリーはジーンズにTシャツで登場します。



気が荒く強情で暴力も振るうスタンリーは、何度もTシャツ姿でスクリーンに現れますが、当時のアメリカでTシャツは下着でした。今ならパンツ一丁で女性客の前に現れる無作法ぶりですが、スタンリーは全くお構いなしです。この映画が、粗野でたくましくセクシーさも兼ね備えたスタイルを確立しました。それがTシャツにジーンズだったのです。

Tシャツで外出することに大人たちは嫌悪感を示しますが、マーロン・ブランドの魅力に夢中な若者は気にしませんでした。そしてブランドは「乱暴者」で、Tシャツとジーンズに加え、革ジャンを取り込みました。タフな男を演じたブランドのイメージに、若者は今度は革ジャンに飛びつきました。



イギリスでは暴力描写が多すぎるという理由で「乱暴者」は公開されませんでしたが、雑誌に掲載されたブランドの姿を見て、多くの若者がそのスタイルを取り入れました。マーロン・ブランドのファッションフォロワーは何千万人にも膨れ上がり、今や多くの国でTシャツにジーンズで出かけることは当たり前になっています。

関連記事:ライダースジャケットを考える /ハード過ぎない着こなし方

孤独と影

前記のように父親との確執は有名で、ブランドは父親を憎み続けていました。「波止場」でアカデミー賞を受賞した際には、父親とテレビに出ています。「息子さんが誇らしいでしょう」と言う司会者に「俳優としては大したことない」と、息子の偉業を否定しました。

ハリウッドで成功したものの、はびこる人種差別を嫌い、ハリウッドそのものを憎みました。ハリウッドの名声は君が悪いと言い、セレブとしての生活を拒否しました。名声は常にブランドを苦しめ、堪え難い苦痛になっていきます。

1990年、ビバリーヒルズの自宅で娘ジャイアンの恋人が射殺されました。撃ったのはブランドの長男クリスチャンで、シャイアンから恋人の暴力に苦しめられていることを相談されての凶行でした。警察の捜査でシャイアンの話は嘘だと判明し、シャイアンは精神を病んで首を吊りました。

ブランドには常に苦しみが側にあり、それから逃れることはありませんでした。

まとめ

マーロン・ブランドは底なしのトラブルメーカーで、多くの敵を作りましたし、女性に手を出しすぎて身を滅ぼしかけたこともありました。しかし戦後の演技手法に決定的な影響を与えた役者であり、戦後のファッションに多大な影響を与えた人物でもあります。その影響力の大きさは、多くの銀幕のスターを圧倒するほどで、特別な存在でした。

スクリーンに現れただけで言葉を発するまでもなく観客を虜にし、才能豊かなファッションデザイナーがどれほど苦心して作った服より、ブランドと同様の下着姿で街に出ることが広まりました。今では演技やファッションの世界では当たり前すぎることを広めたブランドの功績は、もう少し広く知られても良いように思います。


※アメリカの代表的なTシャツ、フルーツ・オブ・ザ・ルームです。

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