映画「裏切りのサーカス」に見るファッションの妙

イギリスで2011年に公開された映画「裏切りのサーカス」は、スーツ姿の男ばかりが出てくるスパイ映画です。冷戦時代の暗い雰囲気の中、イギリス秘密情報部(MI6)に紛れ込んだ二重スパイを追った物語で、謎解きと緊迫したサスペンスが堪能できます。



原作はジョン・ル・カレの「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ」で、テレビシリーズ化されてヒットしています。イギリス人なら多くの人が知る物語なのです。この映画は登場人物が着ているスーツで、その役割を語らせています。




ものがたり

冷戦下のイギリス秘密情報部(MI6、通称サーカス)の長官コントロールは、内部にソ連の二重スパイ「モグラ」がいることを確信していました。そこで諜報員のジム・プリドーをハンガリーに送りますが作戦は失敗し、コントロールと腹心のジョージ・スマイリーは責任をとって引退しました。

※ハンガリーに派遣されたブリドー

その後、諜報員リッキー・ターの前に「モグラ」の情報を持つソ連情報部のイリーナが現れ、ターがロンドンのサーカス本部に連絡するとイリーナはソ連情報部によってさらわれてしまいます。サーカス内部に「モグラ」がいることが決定的になりました。引退したスマイリーの元に「モグラ」捜索の依頼が届きます。

スーツの特徴

衣装デザイナーのジャクリーヌ・デュランはこの映画の衣装を、70年代が舞台であるにも関わらず70年代風の服にすることを避けたそうです。彼らは10年から15年前にスーツを購入し、それらの服と付き合ってきたと考えました。そのため、ほぼ全員が50年代から60年代の格好をすることになりました。そしてキャラクターごとに、彼らがどこで服を購入したかを考えていったと言います。

※ジャクリーヌ・デュラン

この古いスーツを使用する方法により「ジャクリーヌは70年代の再現に失敗した」と評する人もいますが、私は素晴らしい手法だったと思います。この物語はイギリスの中でも、保守的な組織に属する保守的な人々の物語です。70年代の派手な柄や色を使ったスーツでは、この映画全体に流れる枯れた空気を出すことはできなかったでしょう。保守的な公務員(しかもMI6は上流階級出身が多い)が、流行の最先端のスーツを着ている方が強い違和感があったはずです。彼らは古いものを大事に使い、流行に敏感なことを嫌う風潮さえありました。


ジョージ・スマイリー(ゲイリー・オールドマン)

職を追われ、妻を寝取られた中年のスパイであるスマイリーは、50年代風のチャコールグレイの3ピーススーツを着ています。

コートは同じく50年代のアクアスキュータムのコートで、落ち着きと同時に過去の遺物のような印象を与えました。

メガネはテレビシリーズでアレック・ギネスが着用していたメガネに似た雰囲気を探して、多くのメガネを試したそうです。ようやくロサンゼルスでみつけた古いメガネで、撮影が行われました。

ビル・ヘイドン(コリン・ファース)

バイセクシャルでもあるヘイドンは、サヴィルロウの仕立て屋ハンツマンのスーツを着用しています。育ちの良さが出ていて、野心家の一面を隠すかのような上品な着方をしています。

リッキー・ター(トム・ハーディ)

彼は人を撃っているので、男らしい行動人に見せたかったと言います。そこでクラシックなハリントンジャケットなどが選ばれています。

ピーター・ギラム(ベネディクト・カンバーバッチ)

数少ない70年代風の格好をしているのがギラムです。やや裾が広がったパンツを履きますが、周囲に合わせてスーツは地味な色使いです。彼は序盤は鮮やかなブルーのネクタイをしていますが、物語の最後には地味なネクタイに代わっています。中堅幹部のギラムが、本事件を通して一端のプロになったことをネクタイが説明しているのです。スーツの一部はティモシー・エベレストのものだそうです。



まとめ

公開当時、70年代の映画なのに70年代のファッションがほとんどないという批判がありました。しかし70年代の流行をそのまま反映していたら、この映画の暗く想い雰囲気には合わなかったでしょう。イギリスの保守的な論客の中には、スマイリーのコートはアクアスキュータムではなくバーバリーにするべきだったという人もいました。日本企業に買収されたアクアスキュータムではなく、イギリス企業のバーバリーの方がふさわしいというわけです。

これらの批判は、ほとんど意味がないと思います。この映画の主役はファッションではありません。冷戦下のスパイの活動と裏切りに満ちた世界を生きた男達の物語です。それを支えるファッションは、さりげなくキャラクターを語るメッセージになれば良いのです。最も印象的なカンバーバッチ演じるギラムのネクタイの変化を含めて、ファッションが目立たずに雄弁な作品だと思います。

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