「ここはモナコ、モンテカルロ」名実況が作り上げた名場面

日本のF1のファンなら、92年のモナコGPと言えば名勝負だったと答えるでしょう。ラスト7周で文字通りに火花が散るバトルが繰り広げられ、わずか0.215秒差で勝負がついた手に汗握る劇的なレースでした。


私はこのレースの興奮が忘れられず、海外のモータースポーツファンにもこのレースの話をするのですが、そもそも記憶に残っている人がいません。思い出しても「なんだかよくわからないレースだった」みたいな感想ばかりです。どうして日本と海外で違うのか、最近になって理由がわかりました。


レース概要

この年は、ウィリアムズ・ルノーに乗るナイジェル・マンセル(英)が圧倒的な強さを見せ、開幕から5連勝していました。しかも全てが予選1位で、そのまま優勝するという全く面白みのないシーズンで、モナコGPも予選1位のマンセルが圧倒的な速さでトップを走っていました。

※セナ(赤・白のマシン)に襲いかかるマンセル(青・白のマシン)

しかし残り7周になり、マンセルが突然ピットインします。タイヤにトラブルが発生し、タイヤ交換の間に、2位のマクラーレン・ホンダに乗るアイルトン・セナ(ブラジル)が1位に躍り出ました。圧倒的な速さで抜きにかかるマンセルと、それを阻止しようとするセナの激しいバトルが展開されました。

日本だけが特別な放送を見ていた

(1)ピットレポーター川井一仁

世界各国のテレビクルーがいる中、最初にウィリアムズのピットの異変に気付いたのは、川井一仁だったそうです。「ピットの方、ちょっと騒がしいですね。タイヤ用意してますねぇ」と伝え、日本の視聴者は真っ先に異常事態が起こっていることを知ることができました。マンセルのピットインを映していたのは、川井のレポートに反応したフジテレビの独自カメラだけでした。

※94年に女優の鈴木保奈美と結婚して周囲を驚かせました。

さらに川井は優れた観察眼で、外されたタイヤから、タイヤ交換の原因を見つけてレポートしています。焦って早口で伝え、言葉足らずのレポートでしたが、解説陣がきっちりフォローすることで、日本の視聴者は何が起こっているのか理解することができました。他国の視聴者は突然のピットインに、ただただ訳がわからなかったようです。

さらにマンセルとセナが激しいバトルを展開する中、ホンダのスタッフが、無線でセナにオーバーテイクボタンを押せと指示していることも伝えました。見た目にもセナはギリギリの走りでマンセルを抑えていましたが、もはやマシンの限界までパフォーマンスを引き出しても、勝てるかどうかわからないところまで追い詰められていることがわかりました。

(2)解説者 津川哲夫

実況席で唯一冷静だったのが、津川哲夫でした。川井一仁のレポートは興奮のために、早口で言葉足らずで専門的でした。それを津川が冷静に、視聴者にもわかるように解説していました。

※14年間に渡り、F1のメカニックをしていました。

特にタイヤ交換の原因は、川井のレポートだけではよく分からず、実況の三宅アナも勘違いしていました。F1のメカニックだった津川でなければ、瞬時に理解できなかったでしょうし、それを視聴者にもわかる言葉で伝えることができたのは、津川の解説者としての経験だと思います。

他にも川井の「ホンダの方もボタン押せというような事、言ってますね」のレポートに「オーバーテイクですね」とすかさず補足を入れるなど、終始冷静に解説をしていました。この一言で、視聴者は抜かれないためにオーバーテイクボタンを使わなければならないほど、セナが追い詰められていることがわかりました。

(3)解説者 今宮純

普段は冷静な解説を心がけている今宮純が、ほとんど解説を放棄しています。

「うわぁ、ここで抜かれちゃうのかぁ」
「どっからでもいけますよ!」
「ああ、もう・・・」

感想しか言わなくなった今宮の声は、このバトルが、いかに熾烈なものかを表していました。

(4)実況アナウンサー 三宅正治

これまでも三宅アナのF1実況には定評がありましたが、特に素晴らしいのはマンセルのピットインと分かると、すぐにセナとのタイム差を示し、タイヤ交換の間にセナがマンセルの前に出られるかがポイントだと指摘したことです。そのため視聴者は、タイヤ交換から緊迫した雰囲気を味わえました。

※今はスポーツ統括担当部長です。

三宅アナはコースを把握していて、抜きどころになるポイントを、きちんと実況に入れていました。マンセルはどこからでも抜いていきそうな雰囲気でしたが、勝負所を的確に伝えることで、メリハリのあるレース展開が楽しめました。そして何より、熱い実況を繰り広げます。

ここはモナコ、モンテカルロ。絶対に抜けない!という一言は、このレースの名言と言われています。これには2つの意味があり、道幅が狭く抜きどころが少ないモナコでバトルが展開されていることと、モナコを得意とし、これまでモナコで圧倒的な強さを見せたセナを相手に、マンセルは戦わなくてはならないという意味です。セナより圧倒的に速いのに、セナを抜けないマンセルの苛立ちを的確に伝えた言葉として、このレースの代名詞になっています。

一方、他国の放送は

YouTubeにいくつかの国の実況が入った映像がアップされています。しかしこれほど熱い実況は皆無ですし、スペイン語の放送などはサッパリわかりませんが、少なくともイギリスの英語放送では、ここまで細かく状況を伝えてはいませんでした。もちろんマンセルのピットインの映像はなく、突然セナがトップを走っている様子が映っていました。

優れた番組スタッフのチカラ

いち早く異変に気付いたピットレポーターに、そのレポートをわかりやすく説明する解説者、そしてそれらを理解したうえで熱い実況を繰り広げたアナウンサーによって、日本では名勝負として記憶に残りました。

レースが大好きで、放送のための準備を怠らず、全力で放送したからこそ、他国ではさほど記憶に残らないレースが日本では名勝負として語られるようになりました。これはフジテレビのスタッフの総合的な力と言えるでしょう。最近では視聴率が下がり、番組が面白くないと言われるフジテレビですが、素晴らしいパフォーマンスを持ったテレビ局だけに残念な気がします。




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