千羽鶴騒動

※こちらは以前の「はねもねの独り言」に書いていた記事です。

ニュージーランドの地震を受けて、現地に千羽鶴を送ろうという動きがあるようです。「またか」と言う人もいると思いますが、現地の人を勇気付けたいという気持ちの表れだと思います。ニュージーランドに千羽鶴を送るという行為が現地でどのように受け取られるかは私には想像するしかありません。しかしこういった行動とる前に、まず大使館に問い合わせるぐらいのことはした方がいいのではないでしょうか。



ハイチ地震の時に起こった千羽鶴騒動の時にも思ったのですが、どうして最初に大使館に問合せなかったのでしょうか?ハイチに詳しくもない人達が集まって行動するのですから、まずは詳しい人に相談するのが一番良いように思います。あまり親しくない人にお見舞いやプレゼントを贈ることになったら、誰だってまずは親しい人に相談するでしょう。嫌いなものを贈って迷惑がられないか、的外れなものを贈って相手が困惑するかもしれないと考えるから贈られる人と親しい人に「なにを贈ったらいいかな?」と相談するわけです。

ではハイチに千羽鶴を送ろうとしたり、チリの落盤事故に風鈴を贈った人は大使館にも相談しなかったのでしょうか。それはやはり相手のことを考えていなかったからだと思います。送る・贈ることばかりを考えて、相手のことを考えていなかったからハイチのボランティアの人に千羽鶴を送られても迷惑だと言われたり、チリの新聞にやんわり批判されたりするわけです。そしてこれらの批判は起こした行動そのものよりも、相手のことを考えなかったことに対する批判なわけです。

少し話しがそれますが、大使館というのは案外親切なところです。私が最初に電話したのはアメリカ大使館で、学生の時に学園祭で使用するポスターに関してでした。デザインを担当した学生がNASAの撮影した写真を使いたいと言い出したので、著作権の問題をクリアするためにどこに連絡していいかわからず、アメリカ大使館に相談したのです。大使館の担当者は福岡県から電話する私に、県内で写真を借りられるところを教えてくれて、さらにギャランティの大まかな額や使用する際の注意事項などを教えてくれました。

私の友人はホームステイで家に来ているオランダ人がホームシックになった時に、本人がオランダのなんとかという料理が食べたいと言うので電話帳を片手に片っ端からオランダ料理を扱っている店に電話していました。ネットなどない時代なので作業には時間がかかり、さらに扱っている店が見つからないので困り果てていました。そこで私が「大使館に電話してみれば?」と助言しました。大使館の人はホームシックのオランダ人青年のために、自分達も行くオランダ料理の店を紹介してくれて、さらにお店に電話しておいてくれたのです。おかげで店に行くと店長から歓迎されたのだそうです。

またロベルト・デュランというパナマ人ボクサーの記事を書いていたライターが、資料が少なくて困ってしまいダメ元でパナマ大使館に電話したら、なんと大使が時間をとってくれて「デュランのことなら私に話させろ」とばかりに沢山の話を聞かせてくれたなんてこともあったそうです。自国の文化を紹介するのも大使館の仕事ですから、こういうこともあるようですね。その国の事で困ったら、大使館に相談するというのはありだと思いますね。迷惑にならない程度にするというのは必要でしょうけど。

話を戻すとボランティアをするにはそれなりの知識が必要で、無知なまま思い込みでやると相手に迷惑をかけることもあるということを忘れてはいけないと思います。食料を送るにも相手の文化を知らないと、例えばインド人に牛肉が入ったコンビーフ缶を送るようなことをすれば怒りをかってしまいますからね。そこで最も安心安全で喜ばれるのはお金です。さいわいにも私達は世界的に強い通貨を持っているのですから、募金して送るのが一番だと思います。額が少なくてもピントがずれた物資よりもはるかに喜ばれますからね。

募金以外のものを送るなら、それそうおうの知識がないと逆効果になるリスクがあることは忘れてはいけないと思います。






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COMMENT:
AUTHOR: sunaonakokoro
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IP: 210.224.230.54
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DATE: 03/02/2011 00:15:23
千羽鶴送る動きがあるんですか?
全然知りませんでした。
そういうのを親切の押し売りっていうんですよね。
自己満足以外の何ものでもないですね。
私もはねもねさん同様、お金が一番いいと思います。

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COMMENT:
AUTHOR: はねもね
DATE: 03/02/2011 11:50:03
★sunaonakokoroさん
今回は横浜の小学校か中学校でそういう動きがあるようです。ハイチ地震やチリの落盤事故などでも千羽鶴を送ろうという動きがあり、ネットを中心にさんざん叩かれて中止になった経緯があります。批判者の理由はまさにsunaonakokoroさんがおっしゃる「親切の押し売り」というものでした。

ハイチ地震の時は、現地でボランティア活動をしている日本人が「(千羽鶴は)料理の時の種火にしか使われない」「千羽鶴を運ぶスペースに救援物資を詰め込むことが現地の望み」とネットに書き込んだことで批判が一気にヒートアップし、慌てたハイチ大使館がみなさんの気持ちに感謝すると声明を出しながらも「自己満足のためではなく相手の気持ちも考えてほしい」と釘を刺す一幕がありました。

なんだかなー、という感じですね。。。

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COMMENT:
AUTHOR: boi
DATE: 03/02/2011 13:05:05
これって「僕が好きな物を送れば彼女はきっと喜ぶよ」的なストーカーに近い考え方ですね。
本当に喜んでもらいたいなら情報収集は必須でしょう。

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COMMENT:
AUTHOR: はねもね
DATE: 03/02/2011 21:31:12
★boiさん
ストーカーですか。確かに思い込みだけで行動しているところを捉えると、そういう比喩もありのように思えてきますね(^_^;)

気持ちを伝えたいと言う人は多いですが、向こうは気持ちよりも物資を求めていたりしますからね・・・

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COMMENT:
AUTHOR: turusankamesan
DATE: 03/02/2011 21:59:02
千羽鶴ですか、私のような。。。)^o^(
May I help you?って言葉、奥が深い(=文化の差?)なあと常々思ってました。

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COMMENT:
AUTHOR: はねもね
DATE: 03/03/2011 23:17:07
★turusankamesanさん
May I help you?ってなにかと誤解されて使われる言葉ですね。道に困っている外国人にMay I help you?と言ったら怪訝な顔をされたなんて話しをたびたび聞きます。これは決まり文句みたいなものですが、May IとCan Iの使い分け方などは文化的背景以上に世代によっても違うようです。ここら辺りは、現地にいないとなかなかわからないですねぇ。。。

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COMMENT:
AUTHOR: 広島県民
DATE: 11/08/2011 19:12:04
『偽善者』とは?…『自分は、誠意や道徳を無視して、誠実に行動しようとする人間の揚げ足とったり、きっと迷惑…と、やらない自分を正当化して…平気で説教たれて、自己満足してる情けないヤツの事』…だと、思う。

小中高生は『学生=ほとんど無所得』な中で…精一杯、親のしつけや、道徳にそって、彼らなりに、協力したいと思っている事が、伝わってくる。

そうする事で『我慢』や『譲り合う』事も…。

大人になってから…『お人よし』と、裏切られて泣いた人が、多いかもしれないが…将来の『自分の子供』には…思いやりや、誠意、道徳を大事にしてほしくは…ない?!
そんな、不愉快な『世間の風』など、教わる必要ない!…と、思う。

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COMMENT:
AUTHOR: 広島県民
DATE: 11/08/2011 19:18:48
いくら大量の『金銭やボランティア』を、被災地に贈っても…慣れっこになって『一部の偽善者の自己満足』と思われて…『大切に使おう』と、被災者の人達が思われなければ…ただの『あぶく銭』
『折り鶴を贈る』人に対して…その記事の『掲載者のコメント欄』に…理不尽な酷評を書いている…『偽善者』が、多すぎる。

小中高生は…『そんなゴミより、親の銭をクスネて来い!』と…言いたいのだと…解釈しても、良いのかな?
ここで…『偽善者を連呼してる人間』が…『偽善者』では?

資金のない中で『誠意』を示そうとしている、生徒や先生に…謝るべきだ!

それと…『ゴミ』と言ってる『折り鶴(誠意・いたわり)』を…長期間、後生大事に『必ず、保管してほしい』と…生徒が、言ったの?

そう言ってる人間は…彼女や彼氏に贈った『プレゼント』を、常に身につけてないと、激怒するのでは?
ちょっと…『うざい』かも…


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COMMENT:
AUTHOR: 広島県民
DATE: 11/09/2011 11:18:15
『親に甘えて当然の年』に、両親が多忙で『甘えそびれた子供』が…大人になって、子供心や成長(痛んでいる人の、笑顔が見たい⇒他人の手助け⇒守りたい)という姿を 見た(感じた)時…。
自分が『心ない人間の、理不尽な言葉に、傷つけられた経験』を、重ね合わせて『先輩風』を吹かせ…当時、自分を傷つけた『心ない人間』と同様に…説教や中傷、罵声を浴びせ…(一部は『相手に歓迎されず、がっかりするのが可哀相』という、思い込みによる叱咤も、あるかもしれないが…。)芽生えた『成長の芽』を、当然と言わんばかりに、積んで踏み潰す『偽善者』となる人が、居る。

本当は、誰よりも『思いやり(心遣い)』を、欲しがっている事に、気付かずに…。
それは、人間として…本当に『幼稚で、情けない』行為(発想)だと、思う。

『本当に、痛みを知る人間』は、『温かい言葉』で、伝え…周囲も、癒される。
『幼稚な偽善者=勘違い人間』は…そろそろ『卒業』して…本物の『良い先輩』に、成長するべきだ。

コメント

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