2ちゃんねる憎しで生まれた「踊る大捜査線 THE MOVIE 2」

 2003年7月19日、大人気のテレビドラマ「踊る大捜査線」の映画化第2弾「踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」が公開されました。興行収入は173億円となり、邦画の実写映画としては歴代1位に輝く大ヒットです。この映画はネット掲示板2ちゃんねるの影響を強く受けていると思われるのですが、それを指摘する人が少ないので改めて書いてみることにしました。


「踊る大捜査線」とは

1997年に放送が始まったフジテレビのドラマで、湾岸署という架空の警察署を舞台にした刑事ドラマです。主演は織田裕二で、織田は脱サラして警官になった青島俊作を演じています。深津絵里や柳葉敏郎、いかりや長介が脇を固めており、放送後から徐々に人気が高まって視聴率20%超えが当たり前の大人気ドラマになりました。

※青島刑事

本作の大ヒット要因として、従来の刑事ドラマは刑事を悪に対峙するヒーロものか、刑事を父親として描いたファミリーもの(「はぐれ刑事純情派」など)が大半だった中で、刑事を公務員として描いたことと言われています。これまでにない斬新な切り口が新鮮だったと言われていますが、これは製作陣が認めているようにアニメ「機動警察パトレイバー」から複数のヒントを得ており、パトレイバーの実写化と言って良いほど多くの類似点があります。

ドラマは11話で最終回を迎えますが、その後もスペシャルドラマとして何度も制作され、さらには劇場用映画も制作されて大ヒットしました。さらにサブキャラをメインにしたスピンオフなども制作され、フジテレビにとって90年代末から2000年代にかけて最大のヒット作だったと言えるでしょう。

「踊る大捜査線 THE MOVIE 2」のあらすじ

湾岸署管轄内で、会社役員の男性が蜘蛛の巣に縛られたような形で遺体になっている事件が発生します。また婦女暴行事件やスリなどが多発し、湾岸署は捜査に忙殺されていきます。そんな中、本庁初の女性管理官となった沖田裕美警視正(真矢みき)が捜査本部を指揮することになり、室井慎次警視正(柳葉敏郎)は副本部長として補佐することになります。沖田の指示で大規模な捜査が展開されますが、それを嘲笑うかのように第二の殺人事件が発生し、室井が責任を負わされることになってしまいました。

組織の対立

先に書いたように、「踊る大捜査線」は公務員としての刑事を描いているため、役所特有の慣習や縦割り組織の中で苦しむ姿が描かれたり、その組織に一泡吹かせるのが醍醐味になっています。映画化第1作で青島刑事が叫ぶ「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」は、官僚組織に反発して人質の安全と事件解決を優先する刑事の姿を表していました。

本作では官僚組織の権化とも言える沖田警視正が女帝のように振る舞う中で、刑事達は警察組織と戦いながら捜査を進めます。そして犯人グループが浮上してくると、彼らはリーダー不在の組織で誰かが命令して動くわけでもなく、目的だけを共有して全員に決定権がある組織だったことがわかってきます。警察組織と真逆の犯人グループは警察組織を嘲笑いますが、この犯人グループがネットの巨大掲示板2ちゃんねるを示唆しているのは明らかだと思います。

2ちゃんねるとは

1999年に西村博之(通称ひろゆき)によって設立された個人サイトによって生まれた、ネット上の電子掲示板です。当時は「あめぞう」をはじめとするネット掲示板が複数あり、2ちゃんねるもその1つに過ぎませんでした。しかし多くの掲示板が利用者増加によるサーバー負荷の増大、管理者への嫌がらせや脅迫、誹謗中傷による訴訟リスクなどの問題から消えていく中で、2ちゃんねるはそれらの問題をクリアしていったことで日本最大のネット掲示板になっていきます。


1999年に発生した東芝クレーマー事件で2ちゃんねるは多くのユーザーを獲得し、2000年の西鉄バスジャック事件で一気に有名になりました。この事件では犯人が「ネオ麦茶」のハンドルネームで2ちゃんねるへの書き込みを繰り返していました。この件を受けて管理人の西村博之がテレビ朝日の「ニュースステーション」に出演したため、2ちゃんねるの知名度は一気に全国的になって利用者が爆発的に増加しました。やがてスレッド内では盛り上がった話題に関連して、実際にユーザー同士がリアルで会って何かを行うオフ会が行われるようになり、ネットとリアルの接点を増やしていくようになります。現在は乗っ取りや商標権の問題など紆余曲折あり、5ちゃんねるになっています。

2ちゃんねる吉野家オフ

2001年4月頃に、牛丼チェーンの吉野家の客目線の文章が書き込まれました。吉野家は吉野家は殺伐としてるべきで、大盛りねぎだくギョク(ネギ多めで肉少なめの卵入り)を頼むのが通と主張するもので、これが人気となって12月24日に全国の吉野家に2ちゃんねらーが行って、大盛りねぎだくギョクを注文する吉野家オフ会が企画されました。全国どこの吉野家に行ってもよく、行った証拠に領収書をもらって掲示板にアップすることになっていたのですが、これが予想外の盛り上がりを見せました。

予告されていた22:22に全国の2ちゃんねらーが吉野家に一斉入店し、大盛りねぎだくギョクを注文しました。この日のために西洋の鎧兜を身につけた者をはじめ、コスプレをした2ちゃんねらーやうまい棒を大量に抱えて入店する者などがいて、野次馬が集まる事態になってしまいました。特に吉野家新宿店には野次馬を含めて200人が集まることになってしまい、あまりの騒ぎに警察が出動する事態になりました。

※吉野家オフ


店員でもないのに勝手に最後尾を知らせるプラカードを掲げる2ちゃんねらーまでいたことから、警察は「首謀者は誰だ」と問い詰めますが、首謀者などいるはずもなく、誰もが「そんな奴はいない」と答えるしかありませんでした。食べた証拠の領収書には、宛名に「西村博之」とか、当時2ちゃんねるで人気になっていた「田代まさし」とか「鈴木宗男」と書いてもらう人も多く、警察も困惑することになってしまいました。

フジテレビとの確執

2002年6月に開催されたFIFAワールドカップで、2ちゃんねるではフジテレビの偏向報道が話題になりました。日本がトルコに負けると、それを大喜びする韓国市民の姿を映し出し、快進撃を続ける韓国代表の話題ばかりを放送するフジテレビに対し、2ちゃんねるでは不満と不審が募っていきます。そんな中、フジテレビが恒例の27時間テレビで「湘南1万人のごみ拾い」という企画を発表したことが、2ちゃんねる内で話題になります。

フジテレビは湘南の海岸線を1万人でゴミ拾いをするため参加者を募集していましたが、2ちゃんねらーが先回りしてゴミを拾ってフジテレビの企画を潰そうとなりました。2002年7月5日(金)16:00に小田急線の片瀬江ノ島駅に集合した2ちゃんねらーがゴミ拾いを開始すると、徐々に人数が増えていき、数百人規模になっていきました。ゴミ拾い班、ゴミを拾った場所にゴミを捨てられないようにする監視班、その様子を伝えるネット通信班に別れて作業を続け、フジテレビのスタッフが現地に来た際には、海岸線にゴミ一つない状態になっていました。

※ゴミ拾いが行われた片瀬西浜


怒ったスタッフに「責任者を出せ」と言われても「責任者はいない」としか言えず、「誰の指示だ?」と言われても「誰も指示していない」と返し、「他の参加者とは初対面だし、名前も知らない」と言う2ちゃんねらーとの会話も掲示板にアップされていきました。27時間テレビの本番にゴミ拾いができなくなったフジテレビは、前日からボランティアの人達がゴミを拾ってくれたと紹介します。まるでフジテレビの呼びかけでゴミ拾いが行われたかのように言われたことで、ゴミ拾いに参加した2ちゃんねらーは激怒して、その後もフジテレビとの確執は続くことになります。

リーダーが優秀なら、組織も悪くない

それまでも「踊る大捜査線」では、ネットユーザーに対するステレオタイプな描写が目立っていました。いかにもオタク的なファッションセンスやその風貌に、薄暗く美少女アニメグッズが並ぶ部屋でパソコンを利用する根暗な人物像を繰り返しており、ネットは犯罪の温床であるような見せ方が目立ちました。やがてメディアの中心はテレビからネットに移行すると言われていた時代、テレビ局がネットに嫌悪感を持つのは理解できなくもありません。しかしそれを差し引いても、「踊る大捜査線」では、ネット憎しの描写が続くことになります。

当時、ネットでは過激な意見が飛び交っていますが、彼らは現実世界では意見することができない気弱な集団であり、ネットがどれだけ盛り上がっても現実世界に影響を与えることはできないと言われていました。しかし上記の2ちゃんねるオフ会のように徐々に現実に影響を与え始めており、現実世界では意見することができないはずの2ちゃんねらーを現実に問い詰めてみたら「リーダーはいない」「誰からの指示も受けてない」と鼻で笑う集団だったことがわかります。

「踊る大捜査線 THE MOVIE 2」には、犯人グループと青島刑事の間に、このようなやりとりがあります。

犯人「おめーらの組織は、橋ひとつ止められねーのか!」
青島「君らにはリーダーがいないんだってな」
犯人「ああ、究極の組織だ」
青島「俺の組織にはリーダーがいる」
犯人「なら、俺らの勝ちだな」「リーダーなんかいると、個人が、死んじまうんだ!」
青島「どうかな、リーダーが優秀なら、組織も悪くない」

この後に室井管理官のアップが映り、優秀なリーダーとは室井管理官であることが見ている人にはわかるようになっています。この後に犯人は笑い声とともに逃げますが、SATに身柄を確保されます。犯人グループの言うリーダーがいない組織ではなく、青島刑事の言う優秀なリーダーがいる組織が優れているということなのでしょう。

※室井管理官


比較することのバカバカしさ

冷静に考えれば、悪ふざけを目的に集まる2ちゃんねると、公的な捜査機関である警察組織を比較して、どっちの組織が優秀かを語るなどバカバカしいことに気づくと思います。映画では2ちゃんねるのオフ会のように同時多発的に発生するイベントを犯罪に置き換えていますが、そのこと事態にあまり意味はないでしょう。そんなことを真面目にやってしまうところに呆れるばかりですが、映画としては実写邦画の歴代最高の興行収入を記録したのですから、良かったのだと思います。

また当時はスマホも普及しておらず、ネットを使う人のはまだまだ一般的とは言い難い状況でした。ネットを使う人には、西鉄バスジャック事件など負のイメージがつきやすく、ネットユーザーは陰湿で何を考えていない人達というのは、他のメディアでも使われていました。そのため「踊る大捜査線」は違和感なく受け入れられていたと思います。しかし3作目の劇場用映画が2010年に公開される頃にはネットが普及していたため、強い違和感を残すことになっていました。

まとめ

「踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」の犯人グループは、フジテレビの企画を邪魔するために湘南ゴミ拾いオフ会を開いた2ちゃんねらーをイメージしていと思います。勝手にゴミを拾ったことを責めても「責任者もリーダーもいない」「誰から指示されてゴミ拾いをしたわけじゃない」「何人が集まったのか誰もわからない」「他の人の名前は知らない」と言い続け、会話にならないことに苛立ったことは容易にわかります。掲示板にはそんなフジテレビスタッフを嘲笑うような書き込みが溢れ、苛立ちはさらに募ったでしょう。その鬱憤を映画で晴らしたのかはわかりませんが、その直後に公開された映画の犯人像が2ちゃんねらーそっくりだったのは、偶然だと片付けるのは無理があると思います。



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