マグライトというハンディライトのスタンダード
かつて懐中電灯といえばマグライトでした。ハンディライト、フラッシュライト、懐中電灯などの言葉は、全てマグライトと同義でした。しかし今ではマグライトは業界の中で後れを取り、まるで後発メーカーのような印象すらあります。なぜマグライトは世界的なスタンダードになったのか、そしてなぜマグライトは遅れをとったのか、今回はそういった話を書きたいと思います。
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創設者アンソニー・マグリカ
1930年にアメリカのニューヨークにアンソニー・トニー・マグリカは生まれました。しかし時は世界恐慌のまっただ中で、母親は母国クロアチアに幼いアンソニーを連れて帰ることにしました。しかしその後の第二次世界大戦はクロアチアを荒廃させ、さらに共産主義が勢力を拡大していました。世界恐慌から逃げてクロアチアに帰ったら、さらに酷い経済情勢だったのです。
※アンソニー・マグリカ |
1950年、アンソニーは再びアメリカに戻ってきます。しかし英語が話せないアンソニーにとって、アメリカで働くのは大変でした。機械工の研修生となり、少しずつ英語を覚えながら工作技術を習得していきます。時間外労働でお金を貯め、旋盤を買うための頭金125ドルが貯まった時からアンソニーのアメリカンドリームが始まります。彼は独立して精密部品の製作を始めました。1974年にマグ・インストゥルメンツを設立し、事業は順調に成長していきました。
※マグ・インストゥルメンツ本社 |
マグ・インストゥルメンツに雇用されたクレアは、アンソニーと親密な関係になりました。2人は結婚こそしませんでしたが一緒に住むようになり、クレアの子供達はアンソニーを義父と呼ぶようになりました。やがてクレアはマグリカ性を名乗るようになります。入籍はしていないものの事実上の夫婦となったアンソニーとクレアの関係は、後に会社を揺るがすことになります。
マグライトの誕生
アンソニーは懐中電灯に疑問を感じていました。脆弱なボディで重く、落とせばすぐに壊れる懐中電灯ではなく、頑丈で壊れにくい懐中電灯が必要だと思うようになったのです。アンソニーが考えたのは複雑な機構を持たず、頑丈な素材でできた懐中電灯でした。1979年にアルミ合金を削りだして作ったアンソニー・マグリカの懐中電灯はマグライトと名付けられて発売されました。
※70年代の懐中電灯 |
部品をギリギリまで少なくしたシンプルなマグライトは、アルミ合金の強度と相まって、これまでの懐中電灯とは全く異なる壊れにくさを持っていました。これに飛びついたのが整備士、消防、警察、軍隊でした。彼らはこの頑丈な懐中電灯を標準装備のように買い求めるようになります。彼らにとって、マグライトは理想の懐中電灯だったのです。
※79年に発売されたモデル |
1984年には単三電池2本で稼働するミニマグライトAAが誕生し、個人用懐中電灯の標準になりました。さらに87年には単四電池を使う、さらに小型のAAAが誕生すると、プロフェッショナルの現場だけでなく一般の人もマグライトを購入するようになります。マグライトは懐中電灯の新しい標準となり、懐中電灯はマグライトを指す言葉になりました。96年にはウォールストリートジャーナルが、マグライトを「懐中電灯のキャデラック」と評しました。普通の懐中電灯に比べて高価ですが、誰もが欲しがる懐中電灯になったのです。
日本での発売
1986年にマグライトは日本でも発売されます。アメリカ以外の国での販売は、日本が最初だと言われています。当時、1000円以内で懐中電灯が買えましたが、ミニマグライトAAは3000円以上しました。しかし小型で軽量、そして壊れにくさが評判を呼び、一気に人気商品になりました。日本でも消防、警察、自衛隊などに支持されますが、アウトドアを楽しむ人達もこぞってマグライトを購入しました。monoマガジンは何度も特集を組んで、その素晴らしさをアピールすことに貢献しました。やがてアウトドア専門誌もマグライトを取り上げるようになり、知名度が徐々に広がっていきました。
80年代から90年代にかけてマグライトは日本でも圧倒的なシェアを誇り、21世紀に入ってもマグライトは不動の地位を築いていました。懐中電灯といえばマグライトとそれ以外しかなく、マグライトは一流品としてプロフェッショナルな職業から一般家庭まで圧倒的な支持を得ていました。しかし2010年辺りから徐々にシェアを落としていきます。2020年の現在では、マグライトはややマイナーな存在になってしまいました。これは世界的にも同様で、今やマグライトはかつてのように世界を席巻するブランドではなくなっています。
家族争議
マグライトの成功により急成長したマグ・インストゥルメンツはアンソニーを社長に、クレアの息子達を副社長に据えていました。しかし92年、アンソニーが亡くなった後はクレアの子供達が会社を継ぐようにクレアが画策していることがわかり、社内に混乱が生じました。アンソニーは家族支配になることを望まず、クレアとその息子達と衝突しました。この家族争議は10年以上も続くことになり、マグ・インストゥルメンツの経営に大きなダメージを与えました。
※クレア(右) |
1992年、クレアはカリフォルニア州オレンジ郡の裁判所に訴えを起こしました。クレアが起こした裁判は広範囲に及び、詐欺や信認義務違反なども含まれており、マグ・インストゥルメンツに2億ドルの支払いを求めるものでした。この裁判は94年に決着し、マグ・インストゥルメンツに8400万ドルの支払いが命じられました。しかし控訴され98年にこの判決は差し戻されることになり、再び裁判が行われました。この裁判は2000年にマグ・インストゥルメンツがクレアに2900万ドルを支払うことで和解しました。
この騒動の中で、クレアと息子達はマグ・インストゥルメンツに残ることはできないと判断し、97年にクレアと息子達は会社を去りました。彼らはバイソン・スポーツライト社を設立します。バイソン・スポーツライトは、マグライトが抱えるブラックホール問題(レンズにより光を調整するマグライトの明かりの中央にできる暗い影)を解消することを試みを行いました。問題をある程度解消する製品をリリースしますが、2002年にマグライトがバイソン・スポーツライトを訴えます。この裁判により、バイソン・スポーツライトは営業を停止しました。
LED化の波
LEDを使ったフラッシュライトは、白色LEDが登場してから作られるようになりますが、明るさが不足し機構が複雑で大きくなるため一般には浸透していませんでした。しかし急速な技術革新によって、小型チップ1枚で十分な明るさを出せるようになっていきます。
シュアファイアはレーザーの会社で、銃器のレーザーサイトを作っていました。彼らがその技術を活かして白色LEDでフラッシュライトを作ると、軍隊を中心に一気に広まっていきました。またフラッシュライトとしては新興メーカーのペリカンなど、次々にLEDフラッシュライトの製造を始めました。各メーカーがLEDフラッシュライトを販売する中、マグライトは従来の白熱球ライトに拘り続けました。
※映画にも多く登場するシュアファイア |
LED化への遅れは、アンソニーの哲学が影響していました。アンソニーは良質な物をつくることを第一に考え、新技術を使った実験的な製品を販売することに躊躇しました。そして良質なものつくるためマグ・インストゥルメンツはアルミの削りだし、アルマイト処理、電球の製造を全て自社で行っていました。電球工場に大規模な設備投資をしていたマグ・インストゥルメンツは、LEDへの移行をためらったのです。
さらに白飛びする白色LEDを嫌う人もいました。医療関係者、ワイン製造者、絵画を扱う人達などです。こうした人々の支持もあり、マグ・インストゥルメンツはLED化に踏み切れないままライバル達に追い抜かれていくことになります。2006年、ようやくマグ・インストゥルメンツはLED化に乗り出しました。しかし一気にLED化することはなく、一部のモデルで徐々に移行することになりました。
ここ数年、マグライトは失われたシェアを取り戻すかのように、積極的に製品を投入するようになりました。復活に向けて動き出したのです。あまりに遅すぎるLED化でしたが、名門は復活を遂げつつあります。
マグライトのラインナップ
ミニマグライト LED 2AA
マグライトといえば、まずこの形を思い浮かべると思います。最も代表的なモデルで、最も多く使われているマグライト2AAのLED化されたモデルです。残念なのはお尻の部分にあったストラップ穴がなくなったことです。アルカリ単三電池2本で10時間以上点灯可能で、77ルーメンという普段使いには必要十分なスペックになっています。
ソリテールLED
キーホルダーにつけられる小型ライトとして、人気が高いライトです。単4電池1本で1時間46分の点灯が可能で、37ルーメンの明るさがあります。ポケットに入れても嵩張らず、邪魔にならないのでEDC(エブリディ・キャリー)用として人気です。
ミニマグライト LED 2AAA
上記の2AAの単四電池モデルです。長さにして30mm、重さにして40gほど2AAより小さくなっています。
マグタックLED クラウンベゼル
現在のマグライトの最上位機種がマグタックです。警察や軍関係者が使うタクティカルシリーズとして販売されています。バッテリーはCR123Aを2本使い、320ルーメンの明るさで4時間の点灯が可能です。
マグライトLED ML25LT
超照射距離が特徴で319mになっています。単二電池2本を使用し、177ルーメンの明るさで2時間の点灯が可能です。本体サイズも218mmと、かなり大ぶりになっています。
マグライトLED ML300L
現行モデルで最大サイズのライトです。単一電池3本を使い、長さは約30cmほどあります。625ルーメンの明るさを14時間点灯可能で、照射距離も406mになっています。屋外で遠くを照らす必要がある場合に強い味方になってくれます。まとめ
かつて懐中電灯の代名詞的存在だったマグライトは、LED化に遅れて存在感が薄くなっています。しかし着実に製品を進化させてきたマグライトは、復活の兆しを見せています。丈夫で頑丈な懐中電灯の元祖ですから、これからも目が離せない存在です。関連記事
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