知らない人のための「夏目友人帳」入門

2008年からテレビ東京系列で放送が始まったアニメ「夏目友人帳」は、6シーズンの長期放送になりました。安定した視聴率を獲得しているようで、最近のアニメとしては長期間の放送になっています。2018年には劇場アニメも公開され、高い人気を保っていることがうかがえます。我が家の娘は幼稚園児の頃から見ているのですが、暴力的な描写や性的な表現も少ないため安心して子供に見せられるアニメでもあります。なにより優しい世界観が、見ていて安心できます。今回は、そんな「夏目友人帳」の話を書いてみたいと思います。



どんな話か?

高校生の夏目貴志は、子供の頃から妖(あやかし)が見える特殊な能力を備えていました。他人には見えない妖怪に怯え、逃げ回る夏目の行動は周囲には奇異に映り、いじめられて育ちました。生まれた時に母を亡くし、幼少の頃に父を亡くしたために親せきの家をたらい回しにされています。そんな夏目が遠縁の親戚の藤原家に預けられ、子供を欲していた藤原夫妻に暖かく迎えられました。


夏目が妖怪を見えるのは高い妖力を持った祖母、夏目レイコの遺伝によるもので、レイコの遺品の中にあった友人帳を受け継いでいます。そんなある日、ひょんなことから招き猫に封印されていた斑(まだら)という妖怪の結界を破ってしまい、猫の姿の斑はニャンコ先生と呼ばれ夏目の用心棒として一緒に過ごすことになります。夏目の周囲には絶えず友人帳をめぐって妖怪が現れ、時に仲良くなり、時に争いながら夏目は妖怪とともに過ごしていきます。

バトルものではない

強い妖力を持った主人公が、徐々に妖怪たちの仲間を増やしていく物語ですが、妖怪とのバトルを描いた物語ではありません。根底に流れるのは友情であったり他者との繋がり方であったりします。夏目は妖怪との争いを極力避けたいと考えていて、人間との間に起こるトラブルを解決しようとします。そのため自らがトラブルに巻き込まれてしまい、何度もニャンコ先生に助けられています。


物語は熊本県の田舎の風景を背に、ゆったりとしたリズムで流れます。その景色はノスタルジーを覚える風景で、恐ろしい妖怪が出てくるにも関わらず、ほのぼのした雰囲気をまとった物語なので、バトルものを期待すると拍子抜けすると思います。爽快さよりも切なさが残る物語が多いのが特徴です。

登場人物

夏目貴志
ニャンコ先生に「ド平均の成績あたりを波のように揺蕩う彼女なしの高校生」「面倒なことにすぐ首を突っ込む」「白アスパラ」などと言われている。過去の辛い体験から過剰なほど周囲に気を使い、藤原夫妻に迷惑がかかることを恐れて妖怪が見えることを話していない。友人たちにも「巻き込みたくない」という理由で、数人の例外を除いて妖怪が見えることを隠している。



友人帳を持つことは、そこに名前が書かれた妖怪を手下することができるのだが、せっせと妖怪たちに名前を返す作業を続けており、妖怪であっても頼みごとをされると断れない性格のため、たびたびニャンコ先生から文句を言われている。ひ弱と言われることが多いが妖力は極めて高く、襲ってきた妖怪をゲンコツでたびたび撃退している。

ニャンコ先生・斑(まだら)
丸々と太りすぎた体型から猫と思われないことも多く、タヌキやブタに間違えられることが多い。また名前も覚えてもらえず「ニャン太」「ニャン吉」「ポンタ」「ブサイクちゃん」など、好き勝手な名前で呼ばれることが多い。酒好きで酒癖が悪く、酔うと音痴な歌を歌い続けるので森に住む妖怪たちに迷惑がられている。食いしん坊で七辻屋の饅頭を好み、藤原家の食材をたびたびつまみ食いして夏目に怒られている。

※普段のニャンコ先生

猫の姿に封印されていた期間が長かったため普段は猫になっているが、本当の姿は斑という名の大妖怪であり強力な妖力を備えている。本人曰く「高貴で優美な妖怪」。夏目の用心棒をする代わりに夏目が死んだときに友人帳を受け継ぐ約束をしており、夏目に文句を言うことが多いが、なんだかんだで夏目のことが好きな描写が多い。

※本来の姿のニャンコ先生

夏目レイコ
夏目貴志の祖母で、強い妖力を持っていたため周囲から浮いてしまい孤独な人生を送ったとされる女性。妖に勝負を挑み、妖の名前を奪って友人帳に記載していた。名前を奪われた妖はレイコの子分になり意のままに操ることができるが、レイコが妖を呼び出すことはなかったようだ。どのような人生を送ったか夏目の親戚もほとんど知らず、夏目が妖に名前を返す時にレイコの記憶が蘇ることから夏目は断片的にレイコのことを知るようになる。



田沼要(たぬま かなめ)
夏目の同級生で、妖怪を見ることはできないが妖怪の気配を感じることができるほどの妖力は持っている。当初は夏目が本当のことを話してくれないのは自分が役に立たないからだと悔やむこともあったが、妖怪に対峙した時に夏目がどれほど大変な日常を送っているかを実感し、夏目をサポートするようになる。



多軌透(たき とおる)
周囲から「タキ」と呼ばれる夏目の同級生。妖怪に追われていたことがあり、周囲を巻き込まないようにするため学校ではあまり友達を作らなかった。そのため周囲からはおしとやかな美少女と思われているが、実際は好奇心旺盛で無茶なこともやってしまう行動派。ニャンコ先生が大好きで、見つけると衝動を抑えられずモフモフしてしまうため、ニャンコ先生は激しく警戒している。



名取周一
本業は映画などに出演する俳優だが、妖怪を追い払う「祓い屋」を家業としている。式と呼ばれる妖怪を従え、妖怪を憎んでいるため夏目とはたびたび意見が衝突する。体にヤモリ型の痣があり、その痣は移動するが、夏目など妖力を持つ者にしか痣は見えない。無駄に注目を集める癖があり、ニャンコ先生からは胡散臭い奴と言われている。意見の相違はあるものの、妖怪が見える夏目の苦労を理解できるため可愛がっており、友人帳の存在を知った時には「そんな危険なもの焼いてしまえばいいのに」と発言している(友人帳を焼くと、名前が書かれている妖怪も死ぬ)。



夏目組・犬の会
夏目を慕う妖怪たちが作ったグループで、「夏目様のしょうもない悩みやお節介につきあって、呼び出しがあれば犬のように馳せ参じる」らしいが、実態は飲み会サークルになっており、夏目が呼び出すことより夏目の元に押し掛けることの方が多い。主なメンバーは以下の通り。

中級妖怪
一つ目と牛の顔のコンビで、犬の会の発起人でもある。夏目のことを弱っちいとかひ弱と言うが、夏目の危機に駆け付けて体を張って守ろうとするなど夏目を慕っている。田沼の父が八が原に妖怪除けをして回った際に、夏目が仲裁したことで恩義を感じている。調子が良く、なにかにつけて夏目の元に押し掛けている。



ヒノエ
呪詛を使う男嫌いの女妖で、いつもキセルを持っている。ニャンコ先生とは旧知の仲で、レイコに惚れていたため夏目にも興味を示す。夏目のことをレイコにそっくりなのに、なんで男なんだと嘆くが、次第に夏目に協力するようになる。



三篠(みすず)
人の体と馬の顔を持つ巨大な妖怪で、多くの妖を従えている。夏目が友人帳を持つのに相応しくないと判断しながらも、夏目の人柄を気に入って夏目に協力している。犬の会の発足時には、我らを犬と呼ぶかと不満げだったが、その後も犬の会の集まりには顔を出している。



ちょび
高貴な妖怪と自負し、丁寧な言葉づかいで毒舌が多い。体より巨大な顔が特徴で、本名は不明だがちょび髭をはやしていることから、夏目に「ちょび」と呼ばれている。ニャンコ先生を「ちんけ」と言い、そのせいでしょっちゅうケンカしている。人は好きになれないと言いながら、夏目には心を許している部分があり、犬の会が集まる際にはほとんど顔を出している。



紅峰(べにお)
目に蝶をとめた女性の妖で、斑を慕って「斑様」と呼んでいる。一方で猫の姿になった斑を「ちんちくりん」と嘆き、人を食うこともいとわない人間嫌いである。夏目に対しては敵意を持っていたが、主のリオウの件で恩義を感じるようになり、ニャンコ先生を通じて夏目に協力するようになる。



夏目貴志の成長

親戚の家をたらい回しにされ、学校でもイジメられて心を閉ざしていた夏目が、藤原家の夫婦のやさしさに触れ、学校の仲間にも恵まれ、少しずつ人として成長していく姿が描かれています。人と妖怪を分け隔てなく接し、誠実であろうとする夏目にはさまざまな葛藤があります。夏目は常に悩み、仲間たちに助けられていきます。


この物語の特徴として、悪人が少なく良い人ばかりが出てくるというのがあります。同級生の田沼や多軌は、夏目の辛さや苦しさをわかってあげられないことを悔やみ、夏目のために行動します。ニャンコ先生はツンデレで、憎まれ口を叩きながらも夏目の身に何か起これば飛んできますし、藤原家の2人は理想的な夫婦であり夏目を大事にしています。優しい人に囲まれた夏目は他社に優しく、それを甘いと批判されることもありますし、実際に痛い目を見ることもあるのですが、その辛さを受け止めることができる人間に成長しているように思います。

妖怪を外国人などに置き換えて考える

このアニメを見ていると、妖怪を外国人に置き換えて考えてしまいます。文化や生活習慣、価値観など根本的な部分が違い、理解できない他者との付き合い方を夏目が模索しているように見えるのです。どんなに相手の気持ちに寄り添おうとしても、根本的な考え方や価値観が違うので、なかなか簡単にはできません。彼らが抱える境遇を想像することはできても、痛みまではわかりません。わかった気になっても、それは頭で想像したに過ぎず、痛みが自身の血肉になったわけではありません。

外国人だけでなく身障者でもそうです。足がない人の苦しみを想像できても、実際に足をなくさないと本当の苦しみは理解できません。人間と妖怪という全く異なる世界の間で、夏目は妖怪にも優しく人間にも優しくあろうとしています。これはどうやっても理解することができない他社とのコミュニケーションの物語として見ることもできると思いました。

充実した声優陣の演技

夏目役には人気と実力がトップクラスの声優、神谷浩史が担当し、ニャンコ先生には井上和彦が声を当てています。この二人の掛け合いは絶妙で、特に井上和彦のいぶし銀の演技はニャンコ先生の魅力を何倍にも高めています。ニャンコ先生の時と斑の時の両方の声を担当し、同じ人物とは思えないほど落差の激しい声と演技を披露しています。

※「夏目友人帳」の声優陣 井上和彦のツイッターより

この他にも石田彰、沢城みゆきなどなど、豪華な声優陣で固められています。単に人気のある声優を使うのではなく適材適所の配役と評判で、物語の面白さに大きく貢献しています。声優陣が夏目友人帳の台本を朗読する「音楽の章」も開催され、絵がなくても声優の声だけで十分に楽しめることを証明しています。このイベントは大盛況だったようです。

まとめ

夏目友人帳は優しさに包まれた、ほっこりする物語です。そこには人と人とのつながりや対話の大事さ、そして偏見を持たないことの美しさがあります。ギャグも多く、笑いながら家族で見ることができる安心さに加え、奥深いテーマを内包していることにも気づかされます。もちろん、そんな小難しく構えることもありません。ニャンコ先生の姿や犬の会の面々に笑い、夏目の友人たちの優しさに触れ、かつて見たような田舎の景色を楽しむだけでもあっという間に終わってしまいます。

私の娘は変なアニメを大量に見てしまい、すっかり変な知識を身に着けてしまっていますが、このアニメは娘に手放しで勧められ、家族で楽しむことができる良作だと思います。



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