メイウェザーJr VS 那須川天心の迷走感 /猪木対アリと似た展開かも

大晦日のRIZINで、ボクシング界のスーパースターだったフロイド・メイウェザーJr(以下メイ)とキックボクシング界のスター那須川天心(以下天心)が対戦することが発表されました。記者会見まで開かれますが、直後にメイがSNSで試合を拒否するかのようなコメントを出して騒ぎになりました。何があったのかを考えてみたいと思います。


フロイド・メイウェザーJrとは

1977年にアメリカのミシガン州に生まれます。父はボクシングの名トレーナーのフロイド・メイウェザー、叔父は2階級を制覇したロジャー・メイウェザーというボクシング一家で育ちます。しかし家は貧乏で、麻薬の密売もしていた父の元で理不尽な暴力を受けたこともありました。



アトランタ五輪では、全ラウンドを支配しながら不可解な判定で敗れて銅メダルに終わります。プロに転向すると連戦連勝を重ね、無敗のまま5階級を制覇しました。途中からキャラクターを変えて悪役に徹し、札束や高級車のコレクションを見せびらかし、人種差別的な発言を繰り返すようになりました。度重なる暴力で、現役ボクサーなから刑務所にも収監されています。

その一方で、近代ボクシングの技術の結晶とも言える超高精度のボクシングを展開し、攻守ともに芸術的なファイトを展開します。相手が手も足も出なくなるほど完璧に試合を支配しつつ、安全運転に徹して無理にKOを狙わないスタイルは見るものにフラストレーションを与え、全米のボクシングファンはメイが倒されるところ見たくてチケットを買っていると言われています。

※パッキャオ戦

ボクシング界で最も高額のファイトマネーを得ている選手で、PPVボーナスを含めるとマニー・パッキャオ戦では270億円、引退後にUFC王者のコナー・マクレガーとの試合では300億円を手にしたと言われています。

那須川天心とは

88年に千葉県に生まれたキックボクサーです。5歳から空手を始め、小学6年生の時にキックボクシングに転向しました。16歳でプロデビューすると同年にR.I.S.Eで史上最年少王者になると、BLADEチャンピオンシップでも優勝し、天才の名を欲しいままにします。



17歳でISKAの世界王座に就き、18歳でタイのルンピーニスタジアムの現役王者をKOし、RIZINに参戦すると全国放送の試合でも衝撃的な勝利を重ねてスターになりました。

メイの事情

通算で300億円近く稼いで引退したメイは、その後金欠になっています。税金を滞納して支払いを迫られ、返済の目処が立たないためマクレガー戦が終わるまで支払いを待って欲しいと税務署に手紙を書いています。マクレガー戦で300億円もの利益を得て、税金の支払いを済ませました。

※マクレガー戦

このような経緯があるため、現在のメイの懐事情は明るくないと見る人もいます。浪費が激しく、今でもお金を必要としているので、たびたびカムバックをほのめかして話題を集めているというわけです。パッキャオとの再戦を口にしたのもそのためだと考えられていますし、UFC王者のハブヒ・ヌルマゴメドフとの対戦が話題に上るのもそのためだと思われます。

※ハブヒ・ヌルマゴメドフ

パッキャオやヌルマゴメドフと試合をすれば100億円以上のファイトマネーを得られることは確実で、お金が必要ならこれらの試合を優先すると思われます。

天心の事情

キックボクシングで相手かまわず倒してきた天心は、対戦相手が不足しています。以前はK-1王者の武尊(たける)との対戦を熱望していましたが、さまざまな事情で対戦は実現していません。RIZINへの参加も新たな市場と対戦相手を求めたからで、そのRIZINでも対戦相手探しに苦慮しています。

※堀口との試合前の計量

総合格闘技の堀口恭二との対戦もそうで、もはやキックボクサーで天心とビッグファイトができる選手がいないのです。新たな市場に打って出るか、これまでにないところから選手を呼ぶかしなければならず、その意味でメイとの試合はアメリカ市場に進出する大きな足がかりになるはずでした。

対戦を怪しんだ声

RIZINが用意したファイトマネーは、数億円とも数十億円とも言われています。もしメイが天心に負けてしまえば、メイの負けを見たい全米のファンの興味はそこで終わってしまい、パッキャオやヌルマゴメドフとの試合は実現しない可能性が高まります。100億円以上の試合ができる中、数億円や数十億円でリスクをとるのか疑問でした。

※お金を見せびらかすのが好きです。

アメリカでは無名の天心と試合をして、勝ったところで名誉は得られません。メイにはファイトマネーしかメリットがないにも関わらず、そのファイトマネーが安いので当初から疑問の声はありました。

猪木対アリの舞台裏

この試合に関しては、モハメド・アリのトレーナー、アンジェロ・ダンディが著書に書いているほか、アリ側の関係者の数人がインタビュー等で裏側の事情を語っています。当時のアリはキャリアの末期にあたり、衰えを隠せなくなっていました。一方でアリは私生活にトラブルを抱えていて、お金が必要でした。しかしすでにビッグファイトが組めなくなったアリに、大金を稼ぐ試合はありませんでした。

そんな時に日本から猪木戦のオファーがあります。プロレスのリングに上がれば7億円もらえるという話にアリは飛びつき、日本に向かいました。しかし日本の関係者と打合せを行う中で、アリ陣営は自分たちの想像とずいぶん話が違うことに気が付きました。アリはリングに上がって、プロレスラー相手に軽くパフォーマンスをすれば良いと思っていましたが、猪木側は真剣勝負を望んでいました。これにはアリ陣営も頭を抱えました。

※アンジェロ・ダンディ

トレーナーのアンジェロ・ダンディは即刻断るべきだと主張します。プロレスの試合でケガでもしたら、その後のボクシングの試合に影響が出ます。お遊びのつもりで来て、本業に支障が出るようなことはさせられません。一方でアリはお金が必要でした。また取り巻きの中にはアリのファイトマネーの数パーセントを受け取る契約をしている者もいるので、試合をすることを勧めます。しかも記者会見を開いてしまったので、引っ込みがつきにくくなっていました。

すったもんだの挙句、アリ陣営は絶対にケガをしないように、細心の注意を払ってルールを要求することになりました。来日したアリが慌ててルールを追加したと報じられたのは、このような背景があったからで、関節技の禁止を含めてありとあらゆる禁止事項が追加されていきました。禁止事項が認められなければ、ダンディは即刻試合をキャンセルするつもりだったようです。


猪木対アリ戦は、勝利が欲しい猪木とケガだけはしたくないアリという全く異なるベクトルで試合が行われたため、張り詰めながらも奇妙な空気が流れる試合になりました。後にダンディは、楽して大金を得られることなどなく、必ず落とし穴があるものだと語っています。

メイ対天心もアリ対猪木に似ているかもしれない

これまで書いたように、メイにとってアメリカで無名の天心と試合をするメリットはお金ぐらいしかありません。しかも勝っても自分の商品価値が高まることはなく、負ければ商品価値が暴落する試合です。さらにRIZINが用意したファイトマネーは、数億円から数十億円と言われています。メイにとってあまりに少額のファイトマネーなので、メリットはないと言ってよい試合です。そこでこの試合もアリ対猪木のような錯誤があったのではないかと推察されます。


メイは軽いエキシビションのつもりでいたのではないでしょうか。日本のキックボクサー相手に、リングでパフォーマンスをするだけでお小遣いを得るつもりだったのなら、饒舌な記者会見も納得できます。恐らく練習すらするつもりはなく、年末を日本で過ごして観光する程度の認識しかなかったのではないでしょうか。なにせ試合2か月前でルールすら決まっていない状態なのです。日本の格闘技ではよくあることでも、普通に考えると異常なことなのです。

メイはRIZINの関係者と話していく中で、天心が本気で殴りにくることがわかり、本気の殴り合いを少額のファイトマネーではできないと考えたように思います。さらにアメリカでは無名のキックボクサーとの試合ということで軽く見ていたら、アメリカのメディアが大々的に報じてしまいました。メイを見るために日本行きのチケットを買った方がいいとアメリカの各メディアが報道し、お遊びのつもりだったメイは外堀を埋められていくような感覚に陥ったかもしれません。



記者会見でメイはアリ対猪木の試合のことを質問され「なかなかいいショーだった」と答えています。猪木が寝転んでアリの足を蹴り続け、それから逃げ回るアリの様子から、その程度のショーならすぐにできると考えていたのかもしれません。

ギャップが大きすぎた試合

まず両者の知名度が違いすぎました。日本ではメイも天心も格闘技好きには知られた存在ですが、アメリカでの知名度は雲泥の差があります。さらにファイトマネーにもギャップがありました。数百億円のファイトマネーを得る可能性があるメイに、数億円から数十億円という額で交渉していました。

交渉期間も短すぎました。UFCのマクレガーとの試合は2015年から2016年頃には交渉が始まり、試合が実現したのは2017年の8月でした。1年以上の交渉期間を経ており、ルール以外にも細かな条件を詰めるために弁護士が膨大な時間を要しています。わずか数か月で決めるのは、物理的に厳しいものがあるはずです。そして何よりも、抱えるリスクに両者の差がありすぎました。負けても失うものはない天心と、負けたら商品価値が大きく損なわれるメイにはギャップがありすぎました。



日本にはプロレスや格闘技のリングに、元プロボクサーが何人もやってきました。しかしマイケル・スピンクス、トレバー・バービック、ロベルト・デュランといった元世界王者を含めて、ボクサーとしての商品価値がなくなった選手ばかりでした。しかしメイは引退して以前のような芸術的なボクシングができなくなっているとはいえ、いまだ高い商品価値がある選手です。従来の交渉とは全く異なるやり方が必要だったはずです。

まとめ

メイは嫌われ者として引退した現在も商品価値を保っている選手で、メイが負ける姿を見たいと思っている人は多くいます。そのような選手が日本で試合をするという驚きの展開に誰もが興奮しましたが、おそらくメイは真剣勝負とは程遠い軽いエキシビションのつもりだったように思います。しかし相手が真剣勝負を望んでいることに加え、アメリカのメディアが大きく報じたことで突然のキャンセルになったように思いました。

もっともメイは発言を二転三転させ、注目度を集めることも得意としていますので、これで試合が100パーセント流れたとも言い切れません。今後も交渉が続くと思われますが、試合が実現する可能性は極めて低いと思います。私としては緩慢な動きになったメイの試合はさほど興味が持てないのですが、それでもヌルマゴメドフやパッキャオとの再戦なら見てしまうかもしれません。

※メイがかぶっていた帽子です。

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