刃物の危険さを知らない人たち /子供から刃物を奪って消えたもの

銃刀法では刃渡り6cm以上の刃物の携行を禁止しています。そして軽犯罪法では、正当な理由なく刃物を持ち歩くことを禁止しています。正当な理由とは曖昧で、警官が怪しいと感じれば任意同行でじっくり調べることも可能です。そのため車のダッシュボードに入れていたハサミによって書類送検されたケースもあります。現在では「仕事などで絶対に必要な人以外は、あらゆる刃物を持つな」という風潮になっています。


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浅沼事件の衝撃

1960年10月12日、日比谷公会堂で日本社会党委員長の浅沼稲次郎が、演説中に17歳の少年に刃物で刺殺されました。ラジオの生中継中の殺人事件で、しかも犯人が17歳の少年だったことから、この事件は社会に大きな衝撃を与えました。

※刺殺の瞬間

事件からすぐに、東京母の会連合会は警視庁少年課らと打ち合わせを行い、「子供の身の回り品に気を付け、刃物を持たせないようにする」「刃物の所持を憧れさせるような映画、テレビ、出版物の自粛を呼びかける」ことで合意し、新聞がこれを報じています。

さらに警視庁が「刃物を持たない運動」をはじめ、これが全国に波及していきます。肥後守などで鉛筆を削るために学校に刃物は必須でしたが、鉛筆製造業者が手動の鉛筆削りを全国の小学校に1000台寄贈します。学校では筆箱の中に刃物を入れておくと没収されるようになり、その後も事件でナイフが使われるたびに法的な取り締まりが強化されていきました。

彫刻刀と肥後守

私は小学校1年生の頃、年賀状を作るのに母親から木版画を勧められました。板と彫刻刀を渡され、「彫刻刀の前に手を置くな」と何度も言われたのに置いてしまい、不器用な私は版画が完成するまでに何度も指を切りました。無事に年賀状を刷り終わった時に、母がくれたのは肥後守(ひごのかみ)でした。さらに何度も指を切りながら、鉛筆の削り方を覚えました。

※彫刻刀

肥後守を動かすのではなく鉛筆を動かせ。鉛筆に限らず、刃物を動かすのではなく切る対象物を動かして切ることで怪我を防げると言われましたが、それをうっかり忘れると代償として、指先がパックリと切れて血を流すことになりました。包丁でも同じですが、刃物の使い方は痛みとともに体に染み込みます。そして痛みが危険性を体に覚えさせてくれるのです。

肥後守


子供から刃物を遠ざけてきた

警察や婦人会、PTAや町内会などがこぞって子供に刃物を持たせない運動を展開した結果、竹とんぼ作りどころか鉛筆すらナイフで削れない子供が増えました。しかし少年による刃物を使った事件は起こり、その度に規制は強化されていきました。

※牡蠣むきナイフも規制対象になりました。

飛び出し式のナイフの販売禁止、バタフライナイフ、両刃のダガーナイフ、次々に規制はかかりますが、それが犯罪発生率を抑制したかは疑問です。相変わらず映画やドラマには、ナイフを格好良く使う人が出てくるので、それが原因だと言う人もいます。そこで、それらを規制するべきだという声も以前からあります。

映画を見て憧れる心理

好きな俳優が格好良くナイフを扱う映像を見ると、それに憧れる子供が出るのは当然です。ナイフに限らず楽器やオートバイなども、そうやって憧れを生んで気ました。ここからは私の個人的な体験です。映画「沈黙の戦艦」というスティーブン・セガール主演の映画が大ヒットしました。テロリストに乗っ取られた戦艦に、たまたまコックとして乗っていた元特殊部隊の教官が一人でテロリストに対峙する、お気楽アクション映画です。

※「沈黙の戦艦」のスティーブン・セガール

この映画では、セガールとテロリスト(缶コーヒーのBOSSのCMで有名なトミー・リー・ジョーンズ)がナイフで戦うシークエンスが話題になりました。両者のナイフの扱い方は、まるでマーシャルアーツを見ているような鋭さで見ごたえがありました。セガールがテロリストの手首や腕を次々に切りつけるのですが、私は見ていて痛くなりました。鋭いナイフで手を切った時の感覚を思い出したのです。

※スティーブン・セガールとトミー・リー・ジョーンズの戦い

恐らく、この映画を見て包丁を振り回して怪我をした子供は世界中に何人かいるでしょう。しかし切った時の痛みを知っていれば、安易に人を切りつけるようなことをしないのではないかと思いました。痛みを知らず、格好良さだけを真似するから取り返しのつかない事件が起こるのであって、痛みを知っていればもう少し違うのではないかと思いました。

まとめ

インターネットを見渡すと、さまざまな刃物が売られています。兵器としてのナイフの販売を制限するのはわかりますが、あらゆる刃物に制限をかけるのは行き過ぎのように思います。ダガーナイフを禁止の影響で、牡蠣むきナイフまで規制されたのは、行き過ぎというか間抜けにすら思えます。牡蠣の養殖業者は、とんでもなく迷惑だったでしょう。

確かに子供が刃物を扱うのは、十分な注意と指導が必要です。核家族化や専業主婦が減ったこともあり、十分に子供を見る時間が少なくなったので昔とは違うというのも事実です。しかし過保護的に子供を危険から遠ざけたことで、痛みがわからない人が増えたようにも思うのです。私もあえて自分の子供を危険にさらしたいとは思わないですが、あまり遠ざけるのも問題があるような気がしています。



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