稲田防衛大臣だけの問題ではないPKO

南スーダンのPKOで、稲田大臣が追い詰められています。個人的にはもっと大枠で見なければいけない問題だと思いますし、自民党の歴代政権の姿勢にも疑問を感じています。まずは今回の問題の経緯をまとめてみましょう。
※南スーダンの自衛隊


2016年
7月
南スーダンの首都ジュバで、政府軍と反政府勢力の間で270名以上が死亡する武力衝突が起こる。自衛隊の宿営地の隣のビルでも銃撃戦が行われている。
10月
ジャーナリストが、7月の武力衝突の際の自衛隊の日報を開示するように防衛省に求める。
国会で民進党から「7月の武力衝突は、(政府軍と反政府勢力の)戦闘ではなかったのか?」と質問が出され、稲田大臣、安部総理はともに「戦闘行為ではない」と答弁する。
12月
防衛省は日報が既に廃棄されているとして、日報を開示しないことを決める。
自民党の河野太郎議員が、紙の日報は廃棄されても電子データであるのでは?と防衛省に再調査を要請する。
12月末に防衛省が、電子データが存在したことを隠田大臣に報告する。
2017年
1月
黒塗りだらけの電子データの日報が開示される。


これらの経緯を踏まえて、稲田大臣が日報の破棄を命じたのではないか?防衛省が日報を開示しないと決めた会議に稲田大臣も出席していたのではないか?ということが言われているわけです。
※黒塗りだらけの日報


少し問題を整理しますと、そもそも民進党が「7月の武力衝突は、戦闘ではなかったか?」と質問したのは、日本のPKO協力法では「停戦合意が成立していること」という条件があって、戦闘が始まったのなら停戦合意が破られたのではないか?という意味で質問したのです。

もし停戦合意が破られたら、PKO協力法では自衛隊は撤退しなくてはいけません。だから稲田大臣も安部総理も、270名以上が死亡する武力衝突を「戦闘行為ではない」と、答えたわけです。普通に考えれば、無理筋ですよね。

戦闘行為が始まったら、PKO協力法の下で撤退しなくてはいけないのですが、どうして撤退しなかったのでしょう?他国への配慮でしょうか?それとも危なくなったから帰りますでは、他国に顔向けできないというメンツの問題でしょうか?

確かに危険になれば、さらなる人員や装備が必要になるのに、「危険だから帰ります」では何をしに来たのかわかりません。しかしそういう法律で送り出している以上、今の日本の姿勢はそういうものなのです。

PKOをめぐるやりとりを20年以上聞いてきて思うのは、停戦後に派遣するのだから安全だという誤解がひどいことです。安全なら国連の職員やボランティア団体で済む話で、国連が各国の軍隊を派遣するのは、停戦後であっても何が起こるかわからないからです。しかし自衛隊は安全と平和という言葉に縛られ、危険なエリアにもかかわらず軽武装で派遣されています。

南スーダンは撤退が完了しましたが、今のような状態なら今後のPKO派遣を止めるのもありだと思いますし、継続するなら法整備をしっかりするべきだと思います。自衛官の命や現地の市民の命以上に重要な、政治家のメンツや政局ゲームなど存在しないはずなのですから。


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