鴨川つばめという漫画界の闇 /マカロニほうれん荘の革命

※この記事は2016年5月12日に、前のブログに書いた記事の転載です。

鴨川つばめという漫画家を知っている人は、それなりに年配でしょう。1977年から79年まで週刊少年チャンピオンに連載した「マカロニほうれん荘」で、ギャグ漫画に革命を起こし、その後に燃え尽きた漫画家です。



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ギャグマンガの定義を変えた

今ではギャグ漫画で当たり前に行われていることの多くが、この漫画から始まりました。シリアスな展開ではキャラが八頭身、ギャグの時は二頭身と変化したり、場面に合わせてキャラがコスプレしたり着ぐるみになるのも、初めてだったと思います。この漫画によって、漫画のキャラクターが洋服を着ているという当たり前のことに意味が備わったという人もいます。



しかし最も画期的だったのは、従来の漫画の文脈や公式を、徹底的に破壊したことでしょう。それまでギャグは権威や権力を笑うための道具でしたが、この漫画のギャグは、ギャグのためのギャグでしかありませんでした。話の前後に全く繋がりがなくても、ただおもしろいという理由だけで、さまざまなものが挿入されました。ギャグが手段ではなく、目的になったのです。

また劇中の空間の常識も、徹底的に無視されました。アパートの一室に飛行機が着陸し戦車が走り抜けるなど、2階であることも六畳一間であることも無視されました。従って従来のギャグ漫画の文法に読み慣れた大人は、「何が起こっているのかわからん」「何が面白いのかわからん」となりました。そして満足な構成さえもなかった、というより構成を無視していたので、混乱する人もいました。

※元ネタの写真と並べても精密なデッサンをしたことがわかります。

鴨川つばめの特徴として、唐突に関係ないものが差し込まれ、その関係ないものが異常なほど緻密に描かれているというのがあります。話の流れに関係なく、ハードロックバンドのレッド・ツェッペリンのコスプレが登場したりしますが、そのコスプレは丁寧かつ緻密に描かれているのです。そのため何かの伏線ではないかと思ったりしますが、物語には全く無関係なのです。

※こちらはKISSのコスプレ




ライバルだった「すすめ!!パイレーツ」

驚くことは、このように従来のギャグ漫画の文脈を無視した流れが、全く同じ時期に少年ジャンプでも江口寿史の「すすめ!!パイレーツ」でも起こったことです。のちに江口寿史は鴨川つばめを「目の上のタンコブだった」と語っていますが、この2作品によって後のギャグ漫画の流れは決定的になります。

※弱小プロ野球球団 千葉パイレーツの話です。

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そして精神崩壊へ

キャラを愛し、これらのネタを絞り出すため、鴨川つばめは24時間ギャグを考え続け、不眠不休の連載で3日徹夜など当たり前の生活を送ります。さらに若手の原稿料を抑える編集部の方針のために、暖房もつけられない部屋で孤軍奮闘の生活を続けます。その結果、手は腫れ上がり、精神に異常をきたし、対人恐怖症になって連載終了後は寝たきりになってしまったそうです。少年チャンピオンの大黒柱でありながら、廃人のようになってしまったのです。

その兆候は連載中からありました。「マカロニほうれん荘」の途中から、明らかにギャグが失速していきます。そして連載終了後に再度始まった「マカロニ2」では、東西冷戦の不気味さを不気味に描くだけの描写漫画を掲載したりします。子供心にも、精神的にまいっているのが伝わりました。

※3ヶ月の連載で終了しました。

あらゆるバランスの悪さがマカロニの持ち味でしたが、作者が精神のバランスを崩したのはなんとも残念です。もう一花咲かせて欲しかったというのは、ファンの勝手な想いですよね。江口寿史は、苦しくなったら逃げることが大事だと言っています。連載を楽しみにしているファンからすれば休載は残念ですが、作者の精神のバランスを考えると、仕方ないことなのかもしれません。


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コメント

  1. チャンピオンの編集長の壁村氏は結局将来有望なクリエイターを潰すことも多かったということですね。なので僕は氏を尊敬は出来ません。

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    1. この頃の、新人には高い報酬を払わないという方針は、壁村耐三が出したという話を聞いたことがあります。本当かどうかはわかりませんが。

      当時はジャンプなど他の雑誌でも、クリエイターの使い捨てが横行してましたね。

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    2. リアルタイムでマカロニに興奮し、夢中になり、そして壊れていく様に直面しました。もう40年以上経つんですね。2やAAOでの復活に失望したのも、なんか覚えています。子供心に辛かったなぁ。それでも、今も本棚にあるマカロニは永遠です。

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    3. AAOでの復活を読まれてたんですか!あれは予告なく唐突にキャラを変更したんですよね。

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  2. 当時、女子高生でリアルタイムで読んでいました。(歳がバレます)その頃の少年チャンピオンは手塚さんのブラックジャックや吾妻ひでおさんの作品なども載っており、毎週とても楽しみにしていました。全盛期だったのではないでしょうか。大好きだった鴨川つばめさんのマカロニほうれん荘、後半の絵が荒れてきて何かただ事では無い様に感じ心配していたのを覚えています。後に当時の先生が自分とそう年齢が変わらなかった事を知り、驚いたと同時に今だに残念でなりません。

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    1. コメント、ありがとうございます。
      そうですね、当時のチャンピオンは他にも「ドカベン」「ガキデカ」「らんぽう」「750ライダー」などもあって、毎週が楽しみでした。吾妻ひでおの作品は「ふたりと5人」だったでしょうか。まさにチャンピオンの全盛期だったと思います。

      サインペンで仕上げた時は、それ自体がギャグだと思っていました。まさか精神を病んでいたとは当時は子供だった私にはわからなかったのですが、マカロニ2でギャグも何もなしに冷戦の恐怖などを描いた時には、さすがにおかしいと思った覚えがあります。もう少し大事に育てていたら、まだまだ面白い漫画を描いていたと思うんですよね。本当に勿体無いと思います。

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